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第4話

◆ ◆ ◆ 「それで……結局__歌栖の様子はどうだったんだ?」 「いや、歌栖については知らぬ。あの晩、世純殿と《雨乞いのための生け贄として育て上げられた哀れなる王子》について会話を交わした後に我は疲れて寝てしもうた故な___そもそも、我はお主の約束を聞くなどと約束はしておらぬぞ」 【無子】なる王子の存在を知り、それから数日経った後に公務仲間の歌栖の様子について痺れを切らした我に好奇心に満ちた表情を浮かべながら意気揚々と声をかけてきたのは、つい先日までは碌に会話さえ交わしてなかった【希閃】なる公務仲間の男だった。 煌鬼が精神的におかしくなり、引きこもってしまっている歌栖の様子を見に行ったとばかり思い込んでいる希閃は何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべつつ此方に近づいてきて「酒を奢るから【娯仕店区】へ行かぬか」と話を持ち掛けねきた。 このところ、公務に追われて【娯仕店区】から足の遠退いていた煌鬼は面倒だと心の底で思いながらも、つい希閃の言葉に甘えてしまったのだ。 【娯仕店区】_____。 四六時中、王宮で公務をして王族に忠誠心を抱く守子達の憩いの場である。 【娯仕店区】には、酒に食べ物__それに大衆向けの娯楽書物、果ては海を越えた島にあるという【逆ノ目郭】から引き連れてきた花魁(全てΩの男性だ)も揃っている。噂によると、ひっそりと裏で賭け事などもやっている輩もいるが__特に咎められたりはしないらしい。 「ああ~……これだからお前という奴は。真面目で融通がきかない、つまらない奴だな……お前には人の心というのがないのか。歌栖が部屋に閉じ込もり__廃人のようになってると聞いたら、興味を抱くであろう……普通はな。それはそうと、あの花魁はどうだ……煌鬼よ、お前もたまには羽目を外せ」 「逆ノ目郭は……かつて、ある花魁によって火を放たれて火事となり……消滅したと聞いていたが。それはそうと、我は花魁になど靡かぬ」 目の前にいて、にやける希閃は、相当酔っ払っている___と察した煌鬼はどうにかして面倒事を避けようと素っ気なく答える。しかし、そうは言うものの此方へ穏やかな笑みを浮かべる一人の花魁に少なからず興味を抱いていた煌鬼は希閃に何とか気付かれぬように目線をちらりと動かす。 「何を今更____。逆ノ目郭はとっくに復興し営業を再開しておるぞ。それにしても、煌鬼よ__先ほどの言葉から察するに、お前には心を奪われた相手がおるのだな……それは、どんな……」 「…………」 という、希閃の言葉は煌鬼の耳には碌に届いていなかった。【逆ノ目郭から連れられてきた花魁】に僅かに興味を引かれただけではない。 (あ、あれは____何故に……あの御方がこのような場所に……) 煌鬼が見慣れている人物が、【逆ノ目郭から連れられてきた花魁たち】の見せ小屋の前にいる気がしたからだ。全身が薄く桃色がかった布に覆われていたが、一瞬だけちらりと煌鬼の目にその人物の横顔が映る。 そのため、慌てて席を立つと__そのまま見せ小屋へと向かって歩こうとしたのだった。

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