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第5話
ぐいっ____と、その人物の腕に痣をつけないように、なるべく優しく煌鬼は己の方に引き寄せた。
「……っ____!?」
その人物は丸く大きな目を見開きつつ驚愕していたものの、自身の腕を掴んで引き寄せた人物が煌鬼だったことに気が付くと安堵の表情を浮かべた。
しかし____、
「天子さま……ここは貴方様が来るような場所ではございません。しかも、卑しき身分の花魁の真似までして……。貴方様ともあろう御方が斯様な場所で何をしておられるのですか?貴方様のお父上である珀王様に報告されたいのでございますか?そうなれば、病に伏せっている貴方様のお母上の尹儒様は枕を涙で濡らすこととなるでしょう」
表情を変えずに無表情で尚且つ無言のまま、人目のつかないひっそりとした場所に半ば強引に連れてきた煌鬼が厳しい目でその人物を見つめつつ低い声で尋ねると、【天子】と呼ばれたこの国の次期王候補である第一王子はしょんぼりと肩を下げて落ち込んでしまう。
「ぼ、僕は――僕はただ……守子達がどのような余暇をしているのか知りたいと思っただけ。それに、母様はともかく……父様は僕のことなど……眼中になどない」
「また、そのようなお言葉を……。父が我が子を眼中にないなど――ましてや、天子様のように儚き美しさがあり王としての才覚もある実子を無視するなど……そんな訳がないでしょう。さあ、共に……」
「い、嫌じゃ……あのような冷たく濁りきった場所に……僕は戻りとうない……っ……」
先ほどは驚愕に染まっていて揺らいでいた瞳から、遂にぽろぽろと涙が溢れるのを見て煌鬼は不思議に思った。そもそも、煌鬼は天子専属の守子(付き人と呼ばれる)ではなく、その弟である賢子の付き人である。いくら公務とはいえ、その動向を気にかけるべきは天子ではなく賢子であるはずだ。
それなのに、煌鬼が気にかかるのは第一王子の天子のことばかり____。
『お前には……好いた相手がいないのか?』
先ほどの、希閃の言葉が頭をよぎり__煌鬼はそれを払拭するが如く小さく頭を横に振った。すると、そんな煌鬼の行動を奇妙に思ったのか先刻までは涙を流していた天子がにこり、と微笑み――尚且つ、じっと煌鬼を見つめてきたため思わずため息をついてしまい、それからは互いに見合った形となる。
異国から献上される彫刻のように真っ白い肌____。
黒一色だけでなく僅かに茶色を帯びて、ゆらゆらと揺らめく瞳__。
彼の母上である尹儒様から贈られたという赤い宝石(異国のもので紅石榴というらしい)の丸い首飾りが尚のこと美しさを引き出している。
見目麗しいだけでなく、煌鬼を睨み付けるようにして__じい、と見つめてくる彼の目には儚さよりも強さを感じた。
と、その時だった____。
互いに沈黙し、見つめるしかなかった重苦しい空間に予期せぬ乱入者が現れたのだ。
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