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第7話

(くそっ……允琥め、相変わらず……無愛想な奴だ……何度か公務で存在じ知ってはいたものの――このように長い会話を交わしたのは初めてだ……それにしても……いったい、奴は何を見たというのか……っ____) 允琥(いんこ)とは、希閃同様に煌鬼の公務仲間であり、王華殿(王族たちの住みか全般)にて、しょっちゅうすれ違い挨拶を交わしている人物だ。だが、王と王妃専属の世話人である希閃や第二王子である【賢子】専属の世話人である煌鬼とは違って、允琥が誰の専属世話人を務めているかは全くといっていいほど分からないのだ。かといって、第一王子であられる【天子】の専属世話人というわけでもない。 【天子】には専属の世話人など存在しない、いや____正確には天子自身がそれを望んでいないのだ。その代わりといっては妙な話だが、天子様には異国の地から来られたという【堊喰光子】という名で性別は男子の婚約者がおられ、溺愛されており身の回りの世話はほぼ全て彼が執り行っているらしい。 允琥に対しての猜疑心と若干の苛立ちに心を支配されつつ、先ほど奴が指差した場所へ慌てて駆けて行く。その際、我先にと押し寄せる人の波に飲まれ何度もぶつかり悪意の目を向けられていたが、そんな事など気にしてはいられなかった。 そして煌鬼はようやく允琥が指差した場所にたどり着き、ぴたっと足を止めた。いや、煌鬼の意思で足を止めたというよりも、あまりにも凄惨な光景を目の当たりにしたせいで足を止めざるを得なかった。 人が倒れているのだ。 それも、その体はぴくりともせず微動だにしない。周囲には、疎らにしか人がおらず――倒れている人物のすぐ近くには見物人のうちの誰かが呼んだと思われる数名の看護守子しかいない。 (残酷なことだが……おそらく、既に事切れているのだろう……それにしても、いったい誰が……っ____) と、おそるおそる――既に事切れているだろうと思われる人物の元へ再び足を進めていく。そして、煌鬼は予想だにしない被害者の姿を目の当たりにして悲鳴が出そうになったのを、ぐっ と堪える。 倒れている人物は、つい先ほどまで希閃だけでなく色恋沙汰に対して碌に興味のない煌鬼までをもうっとりと見惚れさせた【逆ノ目郭から派遣された花魁】だったのだ。 最後に見た花魁の笑顔が、煌鬼の頭にこびりついて離れない。何故、彼がこのような酷い目にあわなければならなかったのか___それが、煌鬼にはどうしても理解できないのだ。 愛憎渦巻くといわれる【逆ノ目郭】内でこのような酷い事件が起これば、《愛憎からくる怨恨の末》というのも頷けるが__此処は王族が住まう王宮内だ。もしも、このような事件が王の耳に届けば最悪の場合――犯人も処刑され命を落とすという末路も容易に想像できるというのに____。 「____外傷がまったくない。これでは、一度解剖して原因を突き止めるしかないな」 「いや、解剖するまでもないやんか。これは……毒や。何者かがこの花魁に毒を盛り、じわじわと……」 「なるほど――毒、毒か。そんなら自害っつーわけじゃねえのか……?」 「いや、見物してた輩から既に自害じゃねえという話は聞いとるわ。だいいち、毒なんか持ち込む隙は……一介の花魁になんかありゃせんやんか」 看護人たちの言葉を呆然と聞くことしか出来ない煌鬼____。 しかし、唐突に強烈な吐き気が込み上げてきたせいで脱兎の如くその場から離れてしまうのだった。 口元を手で覆い隠しながら、あの儚いながらも太陽のように美しい笑みを浮かべていた名も知らぬ彼の最後の姿を思い出した煌鬼はそれを忘れ去るように目を瞑るしかなかった。 がやがやとした見物人たちの喧騒が遠退いていく____。肩で息をして、立ち止まった煌鬼は心のうちにもやもやとした気分を抱きながら涙を流す。自分で自分の心のうちが分からない。何故に、今宵会ったばかりの__それも面識などないに等しい花魁の死をこんなにも悲しく思うのか理解出来ないからだ。 ただ、これだけは言える____。 碌に面識が無かろうが、一介の花魁でしか無かろうが、一人の人間の命がこんなにも無残に突如として何者から奪われるなど、絶対にあってはならない事なのだ。

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