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第8話

ふと、逆ノ目郭から来たという花魁の遺体も数人の看護人も既に移動し、煌鬼の場所からは姿が見えなくなりかけていた。おそらく、あの花魁の遺体は逆ノ目郭に戻されることなく王宮の敷地内にある【黒子墓】へと埋葬されるのであろう。かつて、王宮内である王子の身代わりとなった者が今回の花魁のように惨殺され、王宮内のある場所に誰かが埋葬したことが名付けの由来となっているとか。その惨殺された者は【黒子】と周りから呼ばれていたらしい。 ぽつん、と石がひとつ置かれているだけの簡素すぎる墓に__先ほどまで、儚き美しさを持ちつつも生に満ち溢れていて満面の笑みを浮かべていた者が独り寂しく埋葬される。 (そんな__理不尽なことが……あって堪るものか……っ……) と、ぎゅうっと固く拳を握り締めて行き場のない強烈な怒りを何とか収めようとしていた時のことだ。 ガチャンッ_____ 「……っ…………!?」 どこかすぐ近くから、何かが割れたような耳障りな音が聞こえた。 そのため、煌鬼は慌てて辺りを見回す。 すると、すぐ近くにある柱の脇から何者かの手が見えた。そして、その真下の地面には割れて粉々となった透明な液体と共に硝子片が散らばっているのが分かった。 『あの花魁は、何者かから毒で……』 その瞬間、煌鬼の脳裏に先ほどまで此処にいた看護人のうちの一人の言葉がふっと思い出され、あれやこれやと悩むよりも先に素早く柱の陰で隠れている人物の元へと駆け寄る。 「おいっ……貴様、此処でいったい何をしている!?よもや、貴様が……あの花魁をあんな目に合わせたのではあるまいな……っ__!!」 「ひっ…………ち、違う……っ__余は……余は__あの美しい花魁が、あまりにも苦しげな顔で呻いていたため……水を飲ませただけじゃ……」 「き、貴様は……いや、あなたは……っ____」 柱に必死で身を隠していたのは、世純いわく第三王子であり尚且つ【雨を降らす生け贄】とひて育てられているという無子だった。 王子らしからぬ薄汚れた襤褸を身に纏い、足には何も履いていない。いくら雨が降らないとはいえ王宮内は特別であり水は異国の地から少なからず配給されているにも関わらず体さえ碌に拭かせてもらえていないのか肌さえも薄汚れている。 再び訪れることはないと思っていた煌鬼と無子との逢瀬だったが、それも僅かな時間で終わりを告げてしまった。 この騒ぎを聞き付けた警護人らが、どたどたと集まったせいだ。花魁を毒殺した犯人を捕まえようというのだ。おそらく、王の命令に違いない。 「おい、貴様____貴様がこの花魁毒殺の犯人だな!?なんと、これはこれは__王のお子であり第三王子であられる無子ではないか。誰からも必要とされず、眼中にもない存在とされてるせいで遂に血迷ったか?とにかく、こっちに来られよ__王子とはいえ生け贄如きが外の世界に出るなど、罪深きこと。しかも、哀れなる花魁を毒殺するとは……」 「ち、違う……違う__違う……っ……余ではない……っ……余はただ花魁を……楽にしようと……っ……」 ばしっ……!! 乾いた音が辺りに響く____。 頑なに己の犯したであろう罪を認めようとしない無子に対して苛立ちを覚えた警護人の頭が頬を平手打ちしたのだ。 「…………」 そのせいで、抵抗する気力も失せたのであろう。 ぽろぽろと大粒の涙を溢しつつも、無子は両手首の内側を互いに合わせつつ、おずおずと警護人の頭へと近づいた。 にやり、と笑う警護人の頭の忌々しい顔を見つめている内に煌鬼の心には凄まじい怒りと深い罪悪感が込み上げてきた。 最初こそ誤解してしまったものの、煌鬼には無子が花魁を毒殺した犯人とは思えなかったからだ。 しかし、そんな煌鬼の思い虚しく__両手首に縄を巻き付けられた無子と警護人らは去っていく。 「……け__て……」 すれ違う直前、無子が何事かを煌鬼に呟いたが蚊が鳴くような小さな声だったため無念にも聞き取れなかった。 ◆ ◆ ◆ 歌栖が自室にて、何者かから殺害されていると知ったのは__毒殺騒ぎのせいで心身ともに疲れ果て、ようやく寝所へ向かおうとしていた廊下でのことだ。 廊下の格子戸からは歪みなく浮かぶ満月と狂ったように咲き誇る桜の花が見えていた。まるで、神におちょくられているようだ__と思いつつも歌栖の最期の様を確認するために煌鬼は彼の寝所に続く扉に手をかける。 幸いなことに、隣には希閃がいる__。 一人でこのような場所に足を踏み入れるよりは、余程いいと半ば強引に己の心を誤魔化しながら中へと進んでいくのだった。

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