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第11話

◆ ◆ ◆ 昼間は桃色の花びらで彩られている王宮の庭に聳え立つ夜桜だが、静寂に包まれる中――今は月に照らされ白く見えている。 そんな幽玄なる王宮の中に聳え立っている桜の木の真下で、先ほどとはうってかわって肩を落としてしょげている允琥と共に煌鬼はぼんやりと月を見上げているのだ。 物言わなくなった歌栖の遺体の状態を確認したのだから、このまま己の寝所へと戻っても良かったにも関わらず、あの後に脱兎の如く駆け出してしまった允琥を追い掛けてしまった自分の愚かさをことごとく恨んだ。 (くそ……っ___面倒事は苦手だと思いながら……自ら足を突っ込んでいるのは他でもない俺じゃないか――いくら、この男が珍しく涙を流してたからといって……あのまま放っておけばいいものを……っ____) などと、心の中で自信に対して叱咤しつつも隣にいて無言のまま佇む允琥へと目線を向ける。今は歌栖の寝た所から引き返す時のように涙を流してはおらず、普段通りの凛とした表情を浮かべている允琥だが、蝋燭の炎のごとき揺らめくその黒い瞳は桜の木の一点をじっと見つめている。 允琥が何をそんなに真剣に見つめているのか気になった煌鬼は、何とか身を捩ったり懸命に目線を向けてみたりしたものの見えそうで見えないため内心でやきもきしてしまう。 桜の幹に、何か文字が彫られているのは何となく分かったのだけれども肝心の文字の内容がはっきりと見えない。もちろん、無理やり見れば理解できるものの側にいる允琥が険しい目付きで此方をじっと見つめてくるため、あまりの気まずさから少し退いてしまった。 その直後のことだ____。 「煌鬼よ……ひとつ聞きたい。其方も__先ほどの忌々しい警護人のように、歌栖殿を小馬鹿にしているのか……っ……歌栖殿が下らぬ色恋沙汰によって――いや、それだけでなく下らぬ噂によって心を病み……自害された、と……そのように思っているのか!?」 「……っ_____!?」 今すぐにでも、声を張り上げて泣き出してしまいたいが必死でそれを堪えている――と言わんばかりの凄まじい剣幕で此方へと迫りながら問いかけてくる允琥に動揺しつつ、尚も煌鬼は後方へと退いていく。 そのせいで、どんっ――と周りに立つ木にぶつかってしまい尻餅をついてしまった。しかし、そのおかげで先ほど見えなかった桜の木の幹に彫刻用の小刀で彫られたであろう文字が煌鬼の目に飛び込んでくる。 《歌栖殿___他の どなたよりも あなた 様 を お慕い申して おります ⚫⚫ より 》 名前が彫られている箇所は虫に喰われたのか穴が開いて一見しただけでは不明とはいえ、端の方に小さく小さく彫られたその文字は、公務の書面で何度も見かけていた允琥の字体に瓜二つ__いや、正に允琥のものとしか言い様がなかった。 紙面に筆で書かれているものではないとはいえ、丁寧かつ文体が全く乱れていない文字を書く者は多くの守子の中でも__この允琥しか思い当たらない。 「允琥よ……お主――よもや、ずっと歌栖のことを……慕っていたのか?」 「そ……っ…………それが、何だというのだ……」 耳まで真っ赤に染めながら、允琥は小さく言った。そのように反応するということは、真実だということを察知した煌鬼は罰が悪そうな表情を浮かべながら素直じゃない彼の元へと近づいていく。 「允琥よ……その、お前さえ良ければだが、共に__歌栖の【死】の……本当の原因を調べないか?ここにきて、歌栖の急死に……興味が……っ__」 ばちんっ____!! 煌鬼が全てを言い終える前に、頬を叩く音が辺りに響き渡る。その直後、先ほどまでしょげていた顔をしていた允琥が目をかっと見開き、まるで鬼のような怒り顔で煌鬼を見つめてくる。 「この……不躾者!!歌栖殿を呼び捨てにするだけでは飽きたらず……その死に興味を持ってるだと?なんという、不謹慎な……っ……!!」 「す……済まない。だが、ようやく……本来のお前らしさが戻ってきたではないか。しょげているお前の姿など、気持ち悪いだけだ。それよりも、俺と共に歌栖の死の真相を探るのか、探らないのか……如何するのだ?いや、お前は……如何したいのだ?」 返事を促すように、煌鬼は右手を允琥の前に差し伸べる。 允琥は、暫く考え込んだ後で遠慮がちに煌鬼の右手を握るのだった。 ◆ ◆ ◆

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