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第13話

◆ ◆ ◆ 「おい、おい……警護人はいるか?」 希閃と共に《娯仕店区》にて、べろべろに酔っぱらい醜態を晒した日から数日たった満月の夜のこと____。 煌鬼は小銭が入っている布袋を手に持ち、反対の方の手には灯りのともる提灯を持ちながら宮殿の【地下牢】の前で眠気を堪えきれず欠伸をしている警護人に声をかけた。 その声に反応し、怪訝そうに眉を潜めて明らかに不審者を見る目付きを此方に向けつつも目の前にいる相手が、あの花魁が毒殺された日に駆け付けた警護人の頭(名は朱戒という)ではなくて良かった、と胸を撫で下ろす。 ふと、あの夜の会話とやり取りが頭をよぎる____。 ※ ※ ※ 『れも、あの……無子という王子がいる地下牢に行ったとして……どうやっれ、彼と話せばいいんらよ……ひっく――警護人の頭……ああ~……っと……朱戒だっけ、が……許してくれるはずが……ないだろ……ええ、どうなんだ……希閃よ!?』 『いいか、よく聞けよ……質の悪い酔っぱらいの煌鬼よ。王宮の警護人とはいえ、頭である朱戒の堅物野郎以外は案外といい加減な奴らが多い。仏頂面で愛想が悪く、尚且つ――がたいの良いお前に色仕掛けなんつーのは所詮提案した所で時間の無駄だ……ということで、これの出番だな』 数日前の夜、ぐだぐだに酔っぱらった煌鬼に希閃はある物を差し出してきた。それは、煌鬼が手に持った途端に――ぢゃり、ぢゃりと音がした。それだけでなく、ずしっとした重みもあったのだ。 『この世には、金と色仕掛けで解決できぬものはない。まあ、あの堅物野郎の朱戒がいたら……話は別だが、奴は明後日の夜は王の護衛として異国に赴くらしい……まあ、要はだな……明後日の夜が無子に対面する絶好の好機ということだ。後は__煌鬼、お前の出方次第さ。如何する、このまま何もせず……哀れなる王子が地下牢でくたばるのを指をくわえて見てるのか?』 『…………』 酒に酔って霞がかったかのような真っ白な頭の中で煌鬼が思い浮かべたのは、満月の元__美しく咲き誇る桜の木の下で鵺の如く鳴き声をあげる《無子》なる王子の姿____。 そして、花魁が毒殺された日の夜に対面した際の、救いを求めるかのようにじいっと見つめてくる《無子》のぐしゃぐしゃになった泣き顔と、此方に救いを求めるかのような――か細い声____。 ふっ、と気が付くと無意識の内に小銭が入っている布袋を受け取っていた。厄介事に足を踏み入れたくないのだから断ることも出来ただろうに、煌鬼はまたしても――面倒事を受けてしまったのである。 ※ ※ ※ そして、今に至る____。 「まったく……あの婬売の王子に会いにくるとは__お前さんも、なかなか好き物だな。こんな賄賂じゃ雀の涙ほどしかならねえが、まあ、そんなんはどうでもいいさね。せいぜい、お前さんも楽しみな……ああ、事が終わったら鍵だけは閉めとけよ……それと、あの婬売王子を逃げさせようなんつう馬鹿な真似は止しとけ。その瞬間、お前さんは犯罪者になるからな。そん時は、覚悟しとけ……拷問じゃ済まされねえぞ」 欠伸を隠そうともせずに、何故かにやついた顔で警護人の男は去って行く。煌鬼が来たことで、僅かながら眠れるのが__よほど、喜ばしいのだろうか。いや、警護人の事情など――どうでもいいのだ。 それよりも、早く哀れなる王子《無子》と対面し、花魁が毒殺された日のことについてや歌栖の不審死が起きた日のことについて詳しい事情を彼の口から聞かなければならない__と、はやる気持ちを抑えつつ彼が閉じ込められている地下牢の鉄格子へと歩みを進めていく。 すると____、 「……んっ……ひぃっ……いっ……く……」 鉄格子の中から、普通では出せないような奇妙な無子の声が聞こえてきた。 (最初に会った時のように……またしても――彼は……泣いているのだろうか……っ……) そう思い、何ともいえぬ憐れさを感じながら、少しばかり遠慮がちに中の様子を煌鬼は伺うのだった。 わざわざ、不安を覚えたり、ましてやその存在を恐れる必要などないというのに____。

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