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第16話

片方の手に巾着袋を持ち、反対側の手で炎が揺れる提灯を持ちながら――どことなく、疲労しきった様子の朱戒だが侵入者といえる煌鬼に対しては容赦しないという雰囲気を醸し出している。 「しゅ……朱戒殿。貴殿こそ、今宵は――公務で異国に向かわれた筈では?なにゆえ、この場におられるのですか?」 「……っ__そ、そんなことは貴様には関係なかろうが。ま、まあ良い……愚か者にその理由だけは教えてやる。異国に向かう船の船頭の体調が悪くなった。其れだけじゃなく、これから嵐がくるときた……異国への公務は取り止めだ」 煌鬼にとっても、もちろん朱戒にとっても__それは予想外のことだった。異国船の船頭は一人だけではない。最低でも、五人はいるはずだ。その全員の体調が同時に悪くなるとは、どうにも不気味さを感じて胸騒ぎがするのを隠せそうにない。 しかも、これから嵐がくるとなれば尚更のことだ____。 「その……船頭達の命は無事なのでございますか?」 「ああ……。だが、全員__吐き気と悪寒、それに全員ではないにしろ……酷い目眩を訴えている。実に、不可解な話だ。まあ、我にとっては……貴様が此処にいることの方が不可解だがな。それよりも、新たに公務が増えた……貴様を拷問し、尚且つ王の眼前にその身を晒すという公務がな……」 「そ……っ……それだけは堪忍してくださいませ……っ__二度と、この牢屋には入らないと約束しますゆえ……」 煌鬼は、何とか地べたに額を擦りつけ周りの者達から《公務の鬼》と囁かれ恐れられている朱戒へ許しを乞う。しかし、朱戒は一筋縄ではいかず腕を乱暴に捕まれてから立たされ、遂には強引に牢屋から出されてしまうと、拷問牢と呼ばれているおぞましい場所へと連れて行かれそうになってしまう。 少しはΩの発情期の症状が収まりつつあるのか、不安げに此方を見つめる無子と目が合った直後のことだ____。 「朱戒……。おまえのその働きっぷりは尊敬に値する。だけどね、少々……荒療治なのではないかな?」 「こ、これは……これは___賢子様。このような時間帯に、しかもこのような汚らわしき場所に……なにゆえ、いらっしゃるのでございますか?」 さすがに、朱戒も第二王子の【賢子】の出現にはたじろいだのか拷問牢に向かう足をぴたりと止めてしまう。 「うん、そうか……。理由、か……此処に来た理由は……息苦しいあの寝所から解放されるための気分転換と――其処にいる愚か者の従者を取り戻しにきたから、だね。朱戒、父様は……無実の無子を牢屋に入れることも煌鬼を拷問に処することも望まない。だから、彼らを解放しろ……これは命令だ」 先程までは、童子のように無邪気な笑みを浮かべていた賢子だったが、ふいに真剣極まりない表情となると険しい目付きで目の前の朱戒を見据えながらきっぱりと言い放つのだった。

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