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第17話

◆ ◆ ◆ その後、意外にも朱戒は殺人を犯した罪人だからと牢屋に閉じ込めていた無子を解放した。それだけでなく、賢子が無子を王華殿の寝所まで送り届けて欲しいと命令すると不機嫌そうな表情を浮かべつつも「御意」と一言発した後に言われた通りにしたのだ。 無愛想な朱戒と戸惑いを浮かべる無子が通り過ぎる際、凄まじい怒りが込められた鋭い目付きで朱戒から睨み付けられ、煌鬼はびくっと体を震わせる。 いくら、第二王子である賢子の命令であるとはいえ、獲物ともいえる己や無子を逃したのが悔しかったのだろう――と勝手に《公務の鬼》と周りから恐れられている朱戒の心の内を予想しつつ、煌鬼は残された賢子と共に牢屋から出て夜風が吹きすさぶ中庭へと向かうのだった。 悪戯っぽく微笑みかけてくる賢子が「中庭で名月を見たいから付き合うがいい」__と煌鬼を誘ったからだ。 ◆ ◆ ◆ 夜空にぽっかりと浮かぶ青白い満月を見上げながら、どことなく物憂げな様子の賢子へと煌鬼は遠慮がちに目線を向ける。 それまでは、中庭の池にいる鯉へ夕食に出た余った麩を彼から渡され、ぱくぱくと口をあける度に与えてい煌鬼だったが、それも徐々に収まり――今度は鯉よりも、賢子がなにゆえに物憂げな様子なのかが気になってしまう。 「賢子様……先程は助けて頂いてありがとうございます。それとは別に、貴方様の身に何かあったのでございますか?」 「煌鬼よ、そちこそ……なにゆえに、そのようなことを聞くのか?ただ、単に……寝所が息苦しいと思っただけだよ。以前から、そのように思っているのは煌鬼は知っておろう?」 確かに、賢子の言う通りだ____。 彼は兄である天子の許嫁の【堊喰 光子(あじき こうし)】を疎ましく思っており、なるべく接触を避けているのだということを前に煌鬼に話していたのを思い出す。 表向きは笑顔で接しているものの、内心では異国から来たという【堊喰 光子】が兄の天子を病的に愛して構っているのが気にくわないのだろう、ということは何となくだか煌鬼自身も察知していた。 「今宵は――月が……」 と、賢子が言いかけた直後__背後からじゃりっと玉砂利を踏みしめる音が聞こえた。ほぼ同時に、煌鬼らは背後へと振り向く。 其処には、普段であれば絶対に此処にいるはずのない人物――【堊喰 光子】がどことなく不機嫌そうな表情を浮かべながら立っているのだった。 「こ……これは、これは……堊喰 光子殿。このような夜更けに___しかも、このような場で如何なさいましたか?」 「堊が外に出るのは、この国では奇怪なることなのであろうかの?そうなると、貴が外に出るのも__奇怪なることという解釈になるが……それで善かろうものなのかの?」 苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべたものの、すぐに普段のような表向きの態度を取り繕った賢子が、上半身裸で尚且つ胸元に堊喰 光子の故郷に存在するという【孔雀】なる鳥の刺青が彫られている様を羞恥もなくさらけ出す異国の王子へと淡々とした口調で問いかけた。 すると、そんな賢子のよそよそしい態度を気にする風でもなく、あっけらかんとしながら堊喰 光子は尋ね返す。賢子が問いかけた件について、彼は的の得ていない答えを返してきたため、もしかすると異国同士の間柄だから気にくわないというよりも__ただ単に賢子が堊喰 光子の性格を苦手としているからなのかもしれないと思いつつ、煌鬼は二人のやり取りをじっと見守るのだった。 【用語解説】 ※ 堊→わたし ※貴→あなた、お前

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