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第18話
「この際、国の第二王子である我が外に出る奇怪なることということで善しとしましょう。それよりも、何故にこの場に来たのでございますかと尋ねているのです。病的に溺愛されている兄の天子の元を離れ、わざわざ単独で我のもとにくるとは__いったい……」
「堊の最愛なる天子の弟、賢子よ……貴には堊の薬――所謂、漢方を煎じてほしいのだ。このような時刻ゆえ、医師はおらぬからの。天子も漢方など煎じられぬ。天子から貴は、漢方を煎じるのが得意と耳にした。堊を快よく思わぬのは承知のうえだが、この愚か者の堊の願いを聞き入れてほしい」
しばらく、煌鬼の存在など無視して犬猿の仲である彼らのやり取りが続く。しかし、まさか自尊心が高いともっぱら守子達から噂の的である【堊喰 光子】が地べたに膝をつき、尚且つ土下座しながら賢子へと懇願するとは予想だにしていなかった。そのせいで、端から見たら煌鬼は随分と間抜け面となっているように見えただろう。
よほど、賢子から漢方を煎じてほしい理由があるらしい。そういえば、【堊喰 光子】は時折、息が切れ具合が悪そうにしているのを煌鬼も見た覚えがある。表だって彼が言うことはなかったため、何も言えずにいたが__もしかすると、【堊喰 光子】は病弱な体質なのかもしれない。
「か、畏まりました……我は先に寝所へ行きますゆえ……」
「それは、有難きことだ。貴には、感謝しかないな……天子も愛しているが、堊は貴も……本当よ家族のように愛しているぞ」
「また、そのような戯れ言を……っ__貴方は……兄の天子のお姿しか目に入っていないくせに……っ……」
そう言い放つと、賢子はくるりと背を向き、そそくさと王華殿へと駆けて行く。はっ、と我にかえった煌鬼が主人でもある賢子を追い掛けようと一歩踏み出したが、「お主はよい___後は堊に任せよ」と異国の王子で立場的にも上である【堊喰 光子】から制止され、ぴたりと足を止めた。
「御意…………」
一介の従者である守子である煌鬼には、王華殿へと戻るために踵を返し、どことなく寂しそうな【堊喰 光子】の背中を見つめることしか出来なかったのだ。
※ ※ ※
新たなる事件が起きたのは、それから暫く経ってのことだ。
異国の王子の寂しげな背中を見送ってから、一ヶ月ほど経った時のこと____。
煌鬼を含め、守子達は皆が皆――公務に追われ、中には睡眠さえままならない者もいた。全ては、開催が差し迫ってきた《天子の誕生日》の祝賀行事の準備のせいだ。
しきたりに添った様々な神事がある他、【堊喰
光子】の故郷でもある《婀慈耶》からもその地ならではの祝賀を取り仕切るお偉方や、喜舞を舞う踊り子――その他にも楽器を奏でる幸福芸人などが海を渡って多々来るため、その面々を出迎えるための準備に日々追われているのだ。
海を隔てた異国のため、まず言葉を覚えるのがなかなか難しい。賢子の専属守子で、日常的に【堊喰 光子】との接することは割とあるとはいえ__それでも、やはり難しい。
守子を取り纏める世純に、「煌鬼よ……お前が今年の天子様の祝賀の会において、【挨拶の犠】を取り仕切るのだ。よもや、婀慈耶の言葉が分からぬなどということはなかろうな?」と鬼の形相で問いかけられ、しかも長々とした言語が続く巻物を手渡された。
「そんなもの、分かる訳がございません」などとは口が裂けても言えず、何とかその場を誤魔化して逃げて来た。
しかしながら、さすがにこれはどうにかせねば――と悶々と思い悩んでいたところ、一人の男の顔が脳裏に浮かぶのだった。
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