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第20話

暫しの間、ぶつかり合う視線____。 そして、静寂____。 だが、寝所を包む静寂とは正反対に煌鬼の心臓はどくん、どくんと脈うち――己でも何故かは分からないが、真下にいて呆然と自身を見上げている允琥を滅茶苦茶に乱したいという欲を覚えた。 それは、目では己を鋭く蛇のごとき睨め付けてはいるものの体は正直に小刻みに震えている允琥の姿を見たせいだった。 (そもそも俺は__歌栖の不審死の件がなければ……允琥となど深く関わることはなかったのだ……けれども、こんなことになって……こやつと関わりあって……それで……) などと、雑念が入り混じりぐちゃぐちゃとなった頭の中で悶々と悩んでいた煌鬼は、ふと允琥の様を観察している内に、ふと__あることに気付く。 顔が真っ赤になり、半開きとなった口からは淫らな吐息が漏れている。 允琥は、明らかに欲情していた____。 「よい眺めだ……もっと、俺に見せてみよ。歌栖にも__見せたことがあるのだろう?お前は、歌栖を異様に慕っていたからな……お前の壊れるさまが……見てみたくなった」 ふっ、と煌鬼は口元を歪めて醜く笑う。 乱暴に床に組敷かれたせいで、允琥が纏っている白の寝巻きの胸元がはだけていて陶器のように滑らかね肌が露出している。完全に見えているわけではないけれども、桃色の乳頭が煌鬼のぎらぎらと欲望にまみれた瞳に映ったことで欲情が尚も増幅していく。 今までの人生の中で、胸焦がれるような高鳴りを全身に感じた煌鬼は生物の如く熱さをもった舌を這わしながら允琥の露となった胸周辺を愛撫していく。 その間、頭の中にある過去の光景が浮かび上がる。 允琥が生前の歌栖を慕っていた光景が執拗に繰り返され、それが鮮明なものとなる度に煌鬼は允琥の体を無我夢中で舐めていく。 「や……っ__やめ……っ……お止めくださいっ……歌栖殿……」 「……っ…………!?」 過去の記憶の中の歌栖と煌鬼が重なったのか、允琥は大粒の涙を浮かべながら――その反面でな淫らな表情を浮かべつつ、半開きとなりあまりの快楽で震える口から『歌栖』の名前を洩らしたのだ。 その瞬間、煌鬼の頭の中にある雑念__『允琥は満月の夜なのに発情を抑える丸薬を飲んでいなかったのか』ということや『明日も公務があるのに何をしているのか』などといった、どうでもいい感情が一気に吹き飛んでゆき【怒り】で一杯となる。 何に対する【怒り】なのかは、張本人である煌鬼ですら分からない。 しかし、『歌栖』と今は亡き者の名を口にしてしまった後で、はっと我にかえり怯えと不安――それに悲しみが入り混じる複雑な表情を目にした煌鬼は次なる行動に移す。 「もう、よい___興ざめした。異国の語学を学ぶ件は、他の者に依頼する。このような夜更けに――急に訪れた無礼は謝罪する……其れと、 発情を抑える丸薬は飲んでおけ。お前は……我々とは違ってΩなのだから……」 つい、口にしてはいけないことを言ってしまった。またしても、静寂が寝所を包む。そして、煌鬼は己に向けて注がれる嫌悪が込められた允琥の視線から逃れるために自らも視線を横へと移した。 その時、寝所の襖が僅かに開いてるのに気付いた。疑問に首を傾げる間もなく、予想だにしない訪問者らが中に入ってきたため、煌鬼は慌てて允琥の体の上から身を離す。 「ははぁ…………煌鬼よ、よもや__允琥を物にしようなどと考えてるわけではなかろうな?」 「き、希閃……お主……何故、このような場にいるのだ!?しかも、何故に__天子様をお連れしている?」 「なに……単純なことよ。退屈がお嫌いな天子様が目を覚まし、弟君である賢子様や無子がいない。有ろうことか婚約人である、亞喰 光子殿もいない。お戯れに付き合ってくれる相手を探していた天子様は、公務をし終えて暇していた我に声をかけ、王華殿を共にさ迷い__允琥の寝所に訪れるお前を見つけたのだ」 予想だにしない訪問者らのおかげで、【怒り】に支配されきっていた煌鬼の頭は徐々に冷めていき、やがて冷静さを取り戻していく。それと同時に、允琥に欲情するという状況に興ざめした煌鬼は今度こそ允琥から離れると、そのまま何も言わずに希閃と天子を引き連れて寝所から出て行くのだった。 すすり泣きをする允琥の声を聞いて、後ろ髪を引かれるような想いを抱きながら____。

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