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第21話
※ ※ ※
それから数日後____。
煌鬼は朝早くから、今日は非番である朱戒の寝所の前で土下座して主が来るのを待っていた。
いかにも、寝起きだといわんばかりの出で立ちをした朱戒は鬼の如き怒りの形相で煌鬼をじろり、と見渡した。
そのあまりの剣幕に、煌鬼はすぐにでも己の寝所へと戻りたくなったが、王宮の行事で恥をかかないためにも背に腹は変えられぬと思い直すと声を震わせつつも事情を説明した。
「なるほど……貴様が異国の文字を学ぶために助けを必要とするのは理解した。だが、何故に――私なのだ?貴様には、何とかいう守子の連れ合いがいるだろう?」
「俺とて……何も、自ら進んで貴方の所に来た訳ではない。世純殿に命じられ、致し方なしに此方に赴いた……頼む、朱戒殿――もう、行事までに刻がないのだ……っ____」
割と失礼な物言いをする煌鬼を前にして、訝しげに此方を見つめてくる警護人の朱戒を目の当たりにしつつ、当の本人は両手を合わせて懇願しながら、頭の中では、ふと先程の世純とのやり取りを思い出す。
*
頼みの綱であった允琥に対して、自らの醜い欲情をぶつけてしまうという無礼を働き彼を怒らせてしまった煌鬼はとてもではないが再び允琥の寝所へ赴く勇気がなく守子達の纏め役であり尚且つ上司ともいえる存在の世純へと相談した。
『折角、異国語学に詳しき允琥に教わる機会を得ながら、それを棒にふるとは何事か。しかし、お前が行事に出ない訳にもいかぬ。そうだな___朱戒を知っているであろう?以前、異国のお偉方を敬語した朱戒であれば異国語は堪能ゆえ、安心してお前の勉学を任せられる……更に、都合のよき事に今日は非番なのだ――それに奴はお前を見捨てることなどしない、と断言しよう』
情けないことに、朝起きるなり泣きつかんばかりの勢いで世純へと相談した煌鬼は叱責を受けつつも、【異国語の勉学に付き合ってくれる者】の心当たりを得て安心したのも束の間、意外な人物の名が世純の口から出てきたことに対して再び肩を落としてしまった。
警護人の朱戒という人物を、煌鬼は苦手だと思っていたからだ__というよりも、朱戒の方が己のことを快く思っていないのだと思っていた。
無子なる末の王子を救うため牢屋に駆けつけた時、奴は自分を塵を見るかのような酷い目付きで睨み付けていた。しかも、いくら『その哀れな王子を救うためだった』と後日弁明しようとも自分に対する奴のぎすぎすした態度は変わらなかった。
確かに警護人として古くから王宮に支えていて主の命に背く訳にはいかないという奴の義も分かる。しかし、あやつをそれほどまで怒らせてしまう何事かを自分はしてしまったのだろうかと心に魚の骨がささったかのような引っかかりを覚えていた。
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そして、今に至る____。
畳の柄が額にくっきりと浮かび上がるくらいに強く土下座していた煌鬼の姿を目の当たりにして、尚且つ文机の向かい側に座っていた朱戒はその後、少ししてから呆れたようにため息をつくと、無言のまますっと立ち上がり何処かへと歩みを進めていく。
「____本当は貴様に勉学なと教えたくもないが、世純様の言い付けならば致し方なかろう。だが、私はどこぞの真面目ぶった守子のように生易しい指導などしないぞ。せいぜい、覚悟するがいい」
そして、しばらくしてから両腕に抱えきれない程の巻物を持ちながら再び煌鬼の前に現れた。
その様を見て、煌鬼は「朱戒はお前を見捨てることなどないと断言しよう」といった言葉をぴたりと当てた世純の事に対して今まで以上に尊敬の念を抱き、それと同時に「どこぞの真面目ぶった守子」である允琥の悲しげな表情を思い出すのだった。
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