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第24話

「先程、その……朱戒――お前が察した通り、誤って本棚に並べられている書物を床に落としてしまった。その時、黒い鳥笛が奥の方に押し込まれているのを見たのだが…………あれはいったい何故にお前の本棚の奥へと押し込まれていたのだ?見た所、お前には鳥笛を好んで吹くような年頃の童も、そのような知り合いもいないようだが…………」 「ああ…………あれを見てしまったのか。何のことはない……あれは自分が吹くために娯仕店区の店主から買ったものだ。何か悪いことでもあるのか?」 ふと、朱戒の返答を聞いて訝しげな無意識の内に目線を向けてしまう煌鬼____。 何故なら、朱戒は確実に何らかの嘘をついていると悟った。 そう判断した理由は何のことはない。朱戒の目が虚空をさ迷っているからだった。 人は嘘をついていると、無意識の内に目が虚空をさ迷う、と尊敬する世純から教わった煌鬼は心の内で何故に彼が嘘をつかなければならないのか、と考え続けて――やがて、ある種の可能性が浮かんでしまう。 (あの何者かに手をかけられて命を散らせた花魁……化粧で年齢をうまく誤魔化していたのだろうが……まだ年端もいかない童子だった――まさか、あれは……) と、思いかけたところですぐにその嫌な考えを吹き飛ばした。 とてつもなく、馬鹿げている。 王宮や国を守るため日々公務に明け暮れる鬼のように厳しく――しかしながら根は人情のある朱戒が、吹き口に毒を仕込んだ黒い鳥笛で見掛けによらず童子だった花魁をうまく誘い出し、その後に手にかけるなど__そんな愚かなことを一瞬たりとも考えてしまった己に対して自己嫌悪に陥った煌鬼は知らず知らずの内に涙を流してしまう。 「おい、貴様は馬鹿か……何故に、泣くのだ?童子ではあるまいに……全く、世純様が貴様を頼むと告げてきたのも今ならその理由が分かる……少しだけ待っていろ」 そう言って、ため息をひとつ漏らした朱戒はすっくと立ち上がって本棚の方へと歩いていく。 すると、黒い鳥笛を手にした朱戒が此方へと近づいてきて無言のまま演奏し始めた。 鳥笛の吹き口に向けて息を吹き込みながら胴体部分にある穴を指で塞ぐことにより澄んだ音が響き渡る。本格的な楽器に比べると、鳥笛は童子用の玩具であるため多少音は劣るものの、それでも自己嫌悪に陥りかけていた煌鬼の心を癒すには充分な音色だった。 「まったく……世話のやける奴だ――ようやく、泣き止んだか……今後は童子のように泣くではないぞ?貴様の上司である世純様にご迷惑をかけることになるからな……此方としても面倒ごとは御免だ」 「そ……っ……そんなことは……分かっている……っ____」 鳥笛の演奏が終わり、ふと気付いた時には真正面にある朱戒の顔が今まで見たことがないくらいに眩しい笑みを浮かべていたせいで煌鬼の心臓がどくんっと勢いよく跳ねる。 「そんなことをしている内に夜が更けてきてしまったか。それはそうと、また…………来るといい。まあ、貴様が行事の書物を頭の中に完璧に暗記するまでは強制的に来なければならないが……その後でも、いつでも来るといい……こんな心地よい気分になったのは久方ぶりだったからな」 「…………」 ろくに朱戒の顔が見られずに、そっぽを向いてしまった煌鬼へと朱戒は童子を諭すかのような口振りで言ってきたのだ。 その後、結局は朱戒が何故に黒い鳥笛を持っているかは解明できなかったものの、彼の部屋を出ていき自身の寝所へと戻って暫くしてからも心臓の高鳴りは収まってはくれないのだった。 (あんな嬉しそうな顔もできるなんて……初めて見た__鬼のように冷たい輩だと思っていたのに……あんな朱戒の愉快げな笑みを見たのは……きっと俺だけに違いない……) 僅かながら優越感を感じながら、床に入った煌鬼は未だに続く胸の高鳴りを不思議に思いながらも眠りの世界へと誘われるのだった。

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