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第26話
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「____それと、これも頼む。ああ、後はそこにある《治幸泉》なる薬膳酒だ……」
「へいっ……まいど、おおきに……!!」
やけに、陽気な店主から希閃に頼まれた《冠慈紅》なる薬膳酒と、行事のため勉強漬けとなっていて疲弊しきっているため自分が飲む用にと、どんな体調不良にもよく効くといわれている《治幸泉》なる薬膳酒を購入した煌鬼は次なる使いをこなすために斜め向かいにある宝玉屋へと向かって歩いて行く。
「済まないが…………燐灰石なるものを買いたいのだが――」
「まいど…………だが、守子さんよ、燐灰石とひとくくりにされちまったら此方とて困るね。どの色が欲しいんだい?」
店主にある場所を指差され、煌鬼はその店主の問いかけの内容を理解した。
【燐灰石】と達筆な筆字で書かれた札のすぐ脇には、《指輪》や《首飾り》や《かんざし》等に加工されたものが置かれているのだが其々色が違うのだ。
「燐灰石は宝玉の中でも、とりわけ石色が多いんだよ……さあ、どれにするんだい?」
「そうだな、じゃあ____その指輪のをくれないか?」
希閃から望む【燐灰石】の色については何も聞かされていなかったため、暫く考えた煌鬼。そして、結果的には【夜空のような黒い指輪】にすることにした。
側には【きらきらと星のように煌めきを放つかんざし】やら【晴れた海の色に瓜二つな青緑色の首飾り】などが飾られていたが、何となく黒い指輪を贈るのがしっくりきたのだ。
煌鬼の頭の中に、女性は指輪を好むという印象があるからかもしれない。
王宮は基本的には女人禁制だが、王の妾達の住みかである【妃宮】は逆に男人禁制だ。そのため、希閃は妃宮にいる誰かに贈るつもりでこれを買うのだろうと頭の中で勝手に思い浮かべては愉快さに浸る。
無論、それを顔に出したりはしないが。
*
(よし……取り敢えず希閃の言っていた物は買えたな__さて、また戻って奴と酒盛りを交わすとするか……)
そのように思いながら、使いを終えた煌鬼が再び元の酒店へと戻ろうと歩き始めた時のことだ。
【鳥笛】と筆で描かれた看板が目に入った。
見たところ、客はほとんどいないが一人だけ「よお、おやっさん……これをくれ。ここから離れた貧困街に住む娘に贈ってやろうと思ってな……」と店主へ話しかけていた中年の守子がいたのだが、その後すぐに何処かへと去って行ってしまった。
(あの店で……朱戒は黒い鳥笛を買ったのか____)
何故か興味を引かれ、煌鬼は未だ酒が抜けずふらふらとした足取りで店へと近付いていき、赤茶色の土床に直に並べられた商品を覗き込む。
様々な形や色に施された木の鳥笛がそこに置かれている。おそらく煌鬼だけでなく最初に目につくのは真っ青に着色された鳥笛だが何の鳥を模して作ったのかまでは分からない。
それに、煌鬼はその真っ青な派手といえる鳥笛よりも他のものが気になった。
それは、真っ青な鳥笛と同じく何を模して作ったのかまでは分からないものの、頭の部分は黄色で胴体部分は水色――そして尾の部分は黄色という奇妙な色合いをしていたため興味を引かれたのだ。
「申し訳ない、店主よ…………この水色と黄色の鳥笛が欲しいのだが……」
「…………」
目の部分を赤布で巻き付けている白髪の店主に向かって言ったのだが、すぐに煌鬼はそのことを後悔し、それと同時に浅はかな自分を恥じた。
店主は、その後にこう言ったのだ。
「申し訳なきことだが…………此は、目が見えぬゆえ手渡ししてくださらんかの、お若いの……」と____。
よくよく考えてみれば、先程の中年の守子は鳥笛を手に取ってから店主へと手渡していたではないか――。あの守子は、店主の目が盲目だということを気配で察していたのだろう。
煌鬼はそのことに気が付かなかった無礼を詫びるのと同時に、頭部が水色で尾の部分が黄色の鳥笛を手に取るとそのまま彼へと渡す。
その途端、頭の中に今までの浅はかな自分をからかうかの如く悪戯っぽい笑みを浮かべてくる允琥の顔が思い浮かんだ。
(これは……生意気なあやつにでも贈りつけてやるか____)
「お若いのよ……買う物はこれだけで宜しいか?」
「うーん……いや、待ってくだされ――店主よ……この美しき鳥笛は――なんという種のものなのだ?」
店主に買い物は終いかと問われ、きょろきょろと目をさ迷わせた煌鬼。
すると、最初に目に入ってきた真っ青一色なな鳥笛よりも遥かに目を引くものを見つけたのだ。
そして、それを手にしてみて更に興味を引かれた。
頭から胴体部分にかけては濃い青色、しかしながら扇状に広げた羽根部分はきらきらと輝く緑色でそれに紛れるように存在する緑、赤、黒の目玉模様が煌鬼の興味を引いたのだ。
その美しい見た目だけでなく、他の全てが木で出来ている鳥笛とは違って扇状の羽根部分はふわふわした感触が楽しめるため、煌鬼は何故にこれが売れていないのだろうと不思議に思った。
(これは……あの御方に献上しよう__久しく勉強漬けだったため……近頃は全くといっていいほどお会いできていない……)
「ほう、お若いの……この神聖なる鳥を知らぬとな……これは孔雀なる鳥笛じゃよ。幸福をもたらす鳥――と異国では尊ばれている……これを手にした者にも、きっと幸運が訪れるじゃろ……」
口元に笑みを浮かべながら、盲目の店主は煌鬼へと優しい口振りで答えてくれた。
「店主よ……朱戒なる警護人の男を知っているか?」
「…………知っておるさ。幼い頃に訳あって離ればなれとなった息子を知らぬ親など、おらぬ__」
「店主よ、朱戒は――あなたのこさえた鳥笛を美しい音色で吹いていた。だからこそ、私も……その鳥笛の美しい音色に魅了され、ここに来たのだ……どうかお身体を大事にしてください」
ぺこり、と朱戒の父である店主にお辞儀をすると二つの鳥笛を購入した煌鬼は、そのまま覚束ない足取りで希閃が待っているであろう元いた場所へ歩いて行くのだった。
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