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第27話
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それから数日が経ち、とうとう王の御子――つまりは王の長子であられる【天子】の誕生を祝う《祝喜の儀》を執り行う日がやってきた。
この日のために、朱戒からの厳しい指導を受けていた煌鬼はそれもようやく今日で解放されるという安堵感と、王宮内を埋め尽くしてしまう程に大勢の異国からの来訪者や、滅多に目にすることのない王や王妃と対面しなくてはならないという緊張感を抱いていて日が昇る前の早い時刻から複雑な気分に襲われていた。
ちなみに、昨夜はあまりの緊張から一睡も出来なかった。
(王であられる珀王様や王妃であられる尹儒様とは……いったい、どのような御人なのか……いや、王妃様は一度だけお会いしたことがあったような……しかし____)
朧気な記憶の糸を頭の中で必死に手繰り寄せながら、かつて守子になったばかりの時を思い出そうとする。
確か、その時は王妃様は今のように病弱ではなかった筈だ。
年齢を重ねるごとに穏やかになり、落ち着いて知性のある青年に育った【天子様】だが、記憶の中の幼い頃の彼は今よりもずっと活発で廊下を駆け回る彼を止めようと王妃様は必死で駆けていた。
とても、美しい御人だ――と童子である煌鬼さえも見惚れてしまうように儚そうでいて芯のしっかりとした印象を抱いたのは覚えている。
今思い返すと、周りにいた守子達でさえ、王妃に対して色めきだった声をあげていた。
しかしながら、王である珀王様は一度もお見掛けしたことがない。
守子を取り纏める立場である世純様は何度か関わっている――というのは耳にしたことはあるけれども、それを聞く度に羨ましいと思ったものだ。
そんなことに思いを馳せながら布団の中で悶々としていた煌鬼だったが、ふと――ある音が耳に聞こえてきたため、慌てて飛び起きた。
法螺貝の音だ____。
これが朝早くから鳴るというのは「儀式の準備を執り行う!!」という守子達に対する合図のためで、王宮の儀式には欠かせない大事なものだ。
(早く起きて身支度をしなくては……っ____儀式を執り行うためには、まだ色々と準備があるというのに……もしも、寝坊したなどと知れたら、世純様に……また、あのおぞましい身の毛がよだつような罰を受けさせられてしまう……)
またしても、あのおぞましい罰を受けさせられるのは嫌だ――。
しかしながら、それは決して口に出したくても出せない本音だ。
幼い頃から上司として尊敬し、更には両親がいないせいで身の周りの世話をしてくれた父親のような世純に対して唯一嫌悪感を抱いてしまう罰だった。
というよりは、何故に世純が己に対してあのようなおぞましい罰を受けさせるのかが煌鬼には幼い頃からどうしても理解しえなかったのだ。
そのおぞましき罰とは、わざと肌を傷付けさせ煌鬼の血を世純に飲ませること。いったい、そのような身の毛もよだつ行為に何の意味があるというのか。
しかし、今は悶々と悩んでいる場合ではない。
早く守子達が集合している春華殿の門前に行かなくては、またしてもあのおぞましき行為を受けさせられることになるため、煌鬼は眠気が襲ってくる頭を必死に働かせ支度を終えると、そのまま急いで目的の場所まで駆けて行くのだった。
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普段よりも豪華絢爛な衣に身を纏い、それぞれの守子の階級に合った烏帽子を被った仲間達がずらり、と門前に立ち並ぶ中で煌鬼を待っていたのは世純の険しい目付きだった。
息せき切らして走ってきたにも関わらず、非情なことに遅刻したのである。
「…………」
(後で罰を受けなさい……)
と、無言であるにも関わらず世純の己を見つめ続ける、その冷たい瞳には鋭い叱責が込もっているのが明らかだった。
自分が悪いとはいえ、その世純の蛇の如く睨み付けてくる視線が恐ろしく、咄嗟に目を逸らしてしまう煌鬼。
そんなことは気にもとめずに世純は天子様の《誕生の儀》の工程の流れを守子達へと説明する。代々《誕生の儀》を執り行っているため慣れているせいなのか、彼は一度も言葉を詰まらせることなく、すらすらと冷静な顔でそれをし終えると大勢の守子達の背後へと姿を退けた。
そして____、
しゃらん、しゃんっ………と多くの鈴がつけられた鈴支枝を持った王の付き人がそれを鳴らしながら、緊張感に支配された守子達の前に現れると今までになく辺りはしぃんと静まり返る。
「王様の御成!!皆、平伏せよ……」
そう告げるなり、その場にいる皆が皆__地に敷かれた赤絨毯の上に膝をつき、額を擦りつけんばかりに頭を垂れる。
しゃんっ……しゃらららっ____という最後の鈴の音が鳴り終えた後に、「表をあげよ」という低い男性の声が聞こえ、煌鬼はドクドクと胸を高鳴らせつつ頭を上げるのだった。
頭を上げた途端に目に飛び込んできたのは、歴代の王しか着ることが許されない紫の王衣を身に纏い、尚且つ黒の狐面を被り素顔を隠した珀王の姿なのだった。
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