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第28話

(あの御方が、この国の現王であり尚且つ天子様や賢子様のお父上なのだ……それすなわち、あの無子なる者の……父上でもあるということか____) 「__い、おい……鬼……煌鬼――お主、先程から王様から見られているぞ……っ……」 などと、煌鬼は黒狐面で素顔を隠した王を見つめ続けて夢心地になっていたのだが、ふいに隣にいる希閃に耳元で囁かれ、慌てて夢心地から現実へと戻ってきた。 「も、申し訳ありません……王様、私めに何か御用でありましょうか?」 一国の主である珀王から呼びかけられ、尚且つそれに気付いていたかったというあまりの失態に顔を真っ赤に染めながらしどろもどろで謝意の言葉を述べる。 周りの守子達からは珀王の手前、あまり目立ってはいないものの冷やかし声や失態を嘲笑う声が聞こえてきたせいで、煌鬼は不快な気分に襲われたが、まさか王を目の前にしている今――悪口を言う守子達に対して強気な態度を取る訳にもいかないために借りてきた猫のようにじっと堪えながら王の言葉を待った。 「今年の……祝喜の儀で異国の者らを労う歓書を読み上げるのは……お主であるな?そこで、此方こそ申し訳ないのだが――頼みがあるのだ。今年の舞福の儀を執り行う演戯者を務める筈だった者が__今朝方、唐突に天に召されたのだ……そこで、お主には歓喜の書を読み上げる他、舞福の儀の演戯者として……無事に儀式を執り行ってもらいたい。急だが、構わぬか……煌鬼なる者よ」 「え…………っ____」 珀王からの、あまりにも唐突な命を聞いて唖然としたものの「そのような突如の申し入れは困ります……出来ません」などとは口が裂けても言えない。 珀王は【一国の主】、かたや自分は【一国の従者】という弱き立場だからだ。この申し出を断れば、首が飛ぶに違いない。 そうすれば、両親のいない煌鬼は路頭に迷う運命しかないのだ。 しかしながらその申し出を受け入れるにしても疑問があるため緊張した面持ちで煌鬼は珀王を見据えた。 「お、恐れながら……珀王様、お聞き致したいことがございます。命を受け入れ、舞福の儀を執り行うにしても、その――私めは初めてなのでございます。練習をしたことなどございません……立派にやり遂げられるか……不安がございます」 きっぱりとは舞福の儀に対して慣れない己が無事にやり遂げられるのか自信がないとは言えなかったものの、やんわりとはいえ己を支配する不安を珀王を真っ直ぐに見上げながら吐露した煌鬼___。 すると、つい今しがたまで顔を狐面で隠していた珀王だったが、何の言葉もなしにそれを外した。 顔の片面が、酷い火傷の痕で引きつれていて、左目は閉じきってしまっているのが見るからに分かる。 そして、かろうじて無事な右片面の強い眼光を放つ金色の瞳が不安に揺らぐ煌鬼の瞳を真っ直ぐに見つめ返してくるのだった。 「案ずるでない……余も、共に舞福の儀を執り行い……演技者もして、お主を手助けする……この通り、化け者のごとき風貌だが――余はお主を見捨てたりはせぬ……これでお主の不安は払拭されるか?」 「め……滅相もございません。何という深きお心遣い――有り難き幸せにございます。精一杯、舞戯者を務めさせて頂きます」 周りに集う守子達が、納得できないといわんばかりに、ざわめき立っても煌鬼にはこのような返答しかできない。 『何故、あのような立場が弱く公務すらろくに出来ぬ者が……王と共に舞福の儀を執り行わねばならぬのか!?』 『この……赤守子の私を差し置いて……っ__』 『よもや、王に色仕掛けでも使って誘惑したに違いあるまい。うまいこと狼狽する演技であろう……でなければ、何故に一介の白守子如きが……っ……今に見ておれ』 王の御前なる故に、表立って言葉に出さずとも【怒り】と【嫉妬】にまみれた顔で周りの守子達が緊張に震える煌鬼の顔を見つめてくる。 しかしながら、どよめきだつ周りの光景とは裏腹に煌鬼の目には火傷痕を面前で晒した芯の強く尚且つ勇気ある王の姿しか目に入っていなかった。 それと同時に、こんなにも身分が低く世純の情け深さからくる命令さえなければ【賢子の専属守子】という誇り高き公務を与えられなかった木偶の坊でしかない自分に、舞福の儀を執り行うという重要な役割をくださった王に対して何とも度胸のある御方なのかと感服してしまうのだった。 その後、再び黒狐面を被り直した王は「余の後をついて参れ」と煌鬼に命じて、その場から立ち去った。 そして、容赦なく注がれる周りの守子達からの針のように鋭き悪意ある視線をかいくぐり、命じられた通りに王の後へと着いていった煌鬼は異国から贈られたと思われる紅椿やら薔薇の香油に包まれた衣装部屋へと入って行くのだった。

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