29 / 122

第29話

* 「あ、あの……恐れながら、王様……何故に――代わりの者として舞者に私を選んだのでございますか?」 甘い薔薇の香油の匂いに包まれ、先程までの凄まじい緊張感から少しばかり解放された煌鬼は舞福の儀を執り行うために身に着けなくてはならない舞子衣装に袖を通しつつ上半身裸で此方へと背を向けている【珀王】へと遠慮がちに声をかける。 王の背後に付き従い、尚且つ袖を通す手伝いをしている二人の従者のうち一人が驚きを露にした表情を浮かべつつ煌鬼の方へ目線を向けたものの、先程までの守子達のように嫉妬や嫌悪は見られないように思えたのは、おそらく王の手前でそのような無粋なことは言えないからだろう。 (分かっている……人間は腹の中に何を隠しているか……分からない___先程まで共に並んでいた守子達も……この従者も……心の中に鬼が住み着いているやもしれない……) 気を抜けば、負の感情がじわりじわりと己に食らいつかんと口を開けているように思えた煌鬼はそれを振り切るように着替えをしている最中の王の方へ目線を向けた。 「なぁに、単純なことよ。お主が……賢子の専属付き人ゆえだ……それに――」 「えっ…………?」 何故か、王はそこで一度言葉を切った。 「それに、お主は……いや、お主のその瞳は……余の初恋の方のものと……よく似ている――とても、強い意思を持った瞳だ……余の妃である尹儒ですら持っていない、受け継がれていない瞳だ……もう、美しい輝きを秘めたそれを見ることは永遠にないと思っていたのだが……」 「…………」 余りにも、王がどことなく切なそうに片目を細めたため煌鬼は黙って好奇心をしまい込み「どういうことなのですか?」という言葉を飲み込むしかなかった。 何となく、そのことに触れてはいけないような気がしたのと――既に、王の身支度が終わってしまっていたせいだ。 「何だ、まだ余に聞きたいことでもあるのか?」 「恐れながら、王様……この度の宴に――無子様は参加なされるのでございましょうか?周りの皆が皆、いいえ……ほとんどの守子達はあの方を《無学な王子》だの《弓を引くことしか才のない木偶》だなどと陰口をたたき、邪険になさっています。貴方様は、あの方の父として……どのように思われているのか私は知りたいのでございます」 甘い香りが漂う衣装部屋に暫し、沈黙が流れる。聞こえてくるのは、絹が擦れる微かな音だけだ。 裸となった煌鬼の肌に、王の付き人の柔らかな手が触れるため、くすぐったさを感じて身を震わせてしまったが真剣な目で滅多にお目にかかることのできない珀王を真っ直ぐに見据えた。 「あれ……のことは____いや、無子のことは……余とて気にかけている。しかしながら、余にすらどうすることも出来ないのだ……」 悲しみを帯びた瞳を此方へと向けてくる珀王に対して、煌鬼はそれ以上何も言うことが出来なくなってしまった。 その直後のことだ____。 衣装部屋の外側から、盛大なる拍手が聞こえてきた。 「異国の御方々の……おなーり____舞福者は……いざ、出迎えなり」 賢子様のお誕生の儀式を執り行う世純様の堂々たる声が聞こえてきたため、煌鬼は珀王と共に衣装部屋を出て異国の御方々が先程から首を長くしながら待っているであろう舞台へと向かって静静と歩いていくのだった。 * 白粉を塗り、頬に紅をさす女性のごと化粧を施した煌鬼を迎え入れたのは数々の守子達の好奇なる視線と異国の御方々による厳粛なる視線だった。 この舞福の儀では、代々の第一王子の誕生を祝うだけでなく、これまで国に恩恵をもたらしてきた神に対して礼をするという意味もある。そのため、女性を好むと言い伝えられている神の目を楽しませるために代々男の舞者がこの日にだけ舞いを踊るのだ。 因みに男の王族と守子(付き人)が住まう、この【王華殿】以外にも女性の王族やら華子と呼ばれる従者が住まう【妃宮】があり、かつては一度だけ女性の華子が舞者として舞福の儀を執り行ったのだが、その年には未曾有の災害と後世にまで受け継がれている大洪水が起きてしまい犠牲者が沢山出てしまった。 そのせいで、女性が舞者として舞福の儀を執り行ったことで神が怒り未曾有の災害が起きたのた――とされ、以降は一度も女性を舞者として出しはしなかったとのことだ。 煌鬼が、世純から聞き及んだ《舞福の儀》についての内容を思い出していると――ふと、数々いる守子達や異国の御方々の針のように鋭い視線の中で一際強烈な視線に気付いて舞いを踊りながらも目線をそちらへと向けるのだった。

ともだちにシェアしよう!