30 / 119

第30話

煌鬼は今まで王宮内で一度も目にした覚えのない男から値踏みされるような眼差しを向けられて、僅かばかり集中力を欠いてしまう。 そのせいで、白と赤い絹色が雲ひとつない青空の元によく映える舞者衣装の長い裾を踏んでけっつまづきそうになったため慌てて体制を整え直した。 その男は、隣で舞福の儀を執り行う珀王よりも煌鬼にばかり目線を向けてくるのだ。 ほとんどの守子達が通常であれば絶対にあり得ない【玉座に座るべき一国の王が舞福の儀を執り行う】という奇異な光景に対して好奇の目を向けているというのにだ。 (な、なんだというのか……あの男は___いや、待てよ……男の身に纏っている衣……あれはおそらく王宮医師のものだ……であるならば、あの男は……医学に通じている者ということ……) またしても、思考が余計なことに散ってしまうため《舞福の儀》を成功へと導くために慌てて医師であろう男から目を逸らした煌鬼は神経を集中させつつ周りから流れてくる複数の打楽器やら笛の音に合わせて舞いを続けるのだった。 * 「初めてにしては……なかなかなる見事な舞であった。流石は余の息子、賢子が気にかけている守子だ。次なる儀式の巻物を読み上げる公務も……そちに、頼んだぞ」 「あ、有り難きお言葉……。ところで、何故に私が巻物を読み上げると知っておいでなのでございますか?」 一度は裾を踏んで危うく身を崩しかけて転びそうになったものの、その後は大 した失敗もせずに無事に《舞福の儀》を執り行い終えた後で、再び衣装部屋へと足を踏みいれた珀王と煌鬼___。 桃色の薄布が顔を覆うようにしてついていた帽子を被り、守子達や異国の御方々から顔が見えないように巧妙に隠していた珀王が帽子をとりつつ此方へと顔を向けたため、煌鬼はどきりとしながらも急いで舞福の儀の衣装から普段から身に着けている守子のものへと着替えを済ませた。 本当ならば、もっと珀王と会話していたい――この御方の側にいたい、と身の程知らずと他の守子達からどやされそうな思いを抱いていたのだが、残念なことに煌鬼には時間がなかった。 これから、鬼のように厳しかった朱戒が短時間でたたき込んでくれた異国の御方々を招き入れる挨拶が記された巻物をずらずらと一字一句唱えなくてはならないのだ。 巻物は計七冊もあり、これからの苦悩を考えると煌鬼はいっそのこと今この場で倒れてしまいたい――と思ってしまうがそういう訳にもいかず珀王へと深々と頭を下げて丁寧に礼をしてから衣装部屋を後にすると次なる儀式の段取りをすべく巻物を携えて世純が待っている部屋へと駆けていくのだった。 *

ともだちにシェアしよう!