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第31話

* 「煌鬼よ、舞福の儀ではなかなかの大義であったな。まあ、もっとも……お主の力量はこれから本領発揮となるのであろうが――それにしても、あの御方があのように眼前に姿を現し……更には舞を披露するとは、まったく……昔と変わらず気まぐれなる方よ。あのことがあって以来――眼前に姿を晒すのを酷く嫌がっていたというのに……」 普段であれば口が固く、至極冷静なる世純だというのに珍しいことに失言してしまったらしい。かつて起こったという【あのこと】なる言葉をさりげなく発言した途端に、明らかに失敗したといわんばかりに顔を歪めると、そのまま煌鬼から目を逸らして口をつぐんでしまった。 しかも、彼の失敗はそれだけではない____。 あろうことか、これから儀式にて読み上げる筈の計七冊の巻物を煌鬼へと渡す際に手を滑らせ床に落としてしまったのだ。煌鬼は、慌ててそれを拾い上げる。 そのため、特に巻物に問題はなかったもののすっかり【あのこと】やらに好奇心がくすぐられてしまった煌鬼は遠慮がちにとはいえ、ずっと聞きたかったことを世純へと尋ねる。 「昔、珀王様の身に……いったい何が起こったというのですか?気になって、気になって……巻物を読むことに集中出来ません……それに、疑問はそれだけではないのです。世純様……何ゆえに、あなた様は――実際のご年齢よりも遥かにお若く見えるのでございますか?この、皺ひとつない滑らかな腕、それに張りのあるお肌……昔から不思議で堪りませんでした。鏡がお嫌いで決して姿が映らないように配慮していたのも、ずっと気にかかっていたのです」 「…………」 暫くの間、沈黙が流れる____。 しかしながら、ふいに世純は諦めたかのような無気力な笑みを浮かべると口を開く。そして、おそらく己と煌鬼しか知らない事実を教えてくれた。 「煌鬼よ、決して口外するでないぞ。珀王は……いや、現王は……かつてこの世を支配し新しく作りかえようとしていた妖術じみた呪いをかけたある男を成敗する際に呪い返しを受け、尹儒――つまりは現王妃を助けようとした時に顔の半面に火傷をおってしまったのだ。尹儒があのように病弱になったのも、我の体が不老不死となったのも……そして、この国に雨が降らなくなったのも___全て、ある男……名前すら言いたくなどないが……其奴のかけた呪い返しのせいだ」 「な…………っ____」 余りのことに、煌鬼は間抜けな声をあげてしまう。そのような話など、この王宮で過ごしていくなかで一度も聞いたことなどなかったからだ。雨が降らないのは、神の怒りに触れたせいだからだとか曖昧な言葉でしか耳にしたことはなかった。 「そして…………煌鬼よ、お前の父は……その男を成敗する際に……いや、これ以上はやめておこう。とにかく、我は呪いによる不老不死の身であり……年を取らぬ。少なくとも、この王宮が廃れぬうちは永久に命を落とすこともない。不老不死を望む者は多いが――我には拷問にしか思えぬ。親しい者が、亡くなる様など……もう見たくはないのだ」 ここまで、悲しみにくれる世純を初めて見た――と煌鬼は驚きを覚えた。 生まれながらにして、側に両親がいなかった孤児である煌鬼を今までずっと親代わりとなり厳しくも愛を込めて育て上げてくれた世純が悲しみに支配される姿など、これ以上は見たくはないと思ったため煌鬼は覚悟を決めて台座の上に置いた七冊の巻物を手にとると無理やり笑顔を作ってその冒頭の一部を読み上げたのだ。 むろん、本番はこれから天子様誕生の儀式で読み上げなくてはならないのだけれど、それをする前にどうしても父親代わりとして育て上げてくれた世純へ今までの感謝の意味も込めて読みたくなったのだ。 誕生の儀式のための準備にかける時間が余りないのは分かってはいたし、それよりも自分の本当の父とはどんな人物だったのか聞きたくなったが、それでも煌鬼はその気持ちをぐっと堪えて冒頭の部分のみを言い終える。 すると、世純の頬に一筋の涙が零れる。 そして、こう言ったのだ____。 「これは、煌鬼……お前の父の……形見だ。今までは我が持っていたが――これからはお前が持っていなさい。もしもの時があれば、息子のお前に渡してくれと言われていたのだ。命を奪われそうになった時や、ここぞという時に……これを使いなさい」 「あ、有り難き幸せにございます……世純殿____大切に……使わせて頂きます」 台座に巻物を置き直すと、煌鬼は未だに悲しげな表情を浮かべている世純から、父の形見であるという立派に手入れされた刀を受け取り、再び巻物を懐へと仕舞うとそのまま天子様の誕生の儀式が執り行われる玉座前の広場へと急ぎ足で駆けて行くのだった。

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