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第34話

暫くの間はどん、どんと外側から扉を叩く音が聞こえていた。 やがて、じれったいといわんばかりに盛大な音が扉の外側から聞こえてきたために煌鬼は何とか付き人の魔の手から逃れるべく抵抗しながらも目線だけは扉の方へと向ける。 すると____、 「我は面倒ごとは反吐が出るくらい嫌いだが、だからといって不正は許せぬ。わざわざ錠をかけておくとは……実に怪しきことではないか。ふん、見たところ……もう夕膳の儀に参加できるよう身支度は終えたようだしな。おい、貴様……立場の低い守子の弱味を握り下衆な行為をしようとした貴様には、この者の世話は任せられぬ。今すぐ、この場から出て行け……夕膳の儀を執り行う中央広場には我が連れていく」 「な……っ……____!?」 珀王族の専属付き人の顔に焦りが見える。 何故なら、眉間に皺を寄せつつ巻物の読み方を煌鬼に教えた時とは比べ物にならないくらいに凄まじい怒りあらわにした、般若の面の如く険しい表情を浮かべている朱戒が力任せに開けた扉の所に立っていたのだ。 警護人であれば寝食を行う時以外には肌身離さず身に付けているといわれている【契王槍】を手に持ち、般若のごとき恐ろしい剣幕をしている朱戒。 その常軌を逸し行動を目の当たりにしたせいでたじろぐ付き人の男の様子など物ともせず眉をひそめ、更には汚いものを見るかのような侮蔑を込めた目付きを珀王専属の付き人の男へと向けながら喉元ぎりぎりに槍の刃先を突き付けているままだ。 「今すぐ……その者から離れろ。これは、守子全般を取り纏める世純殿の命でもあるぞ。もしも、このことがあの御方に知れれば貴様は字の如く首を切られるであろうな。故に、早急に……」 と、朱戒が言っている途中で珀王専属の突き人の男は唇を噛み締めつつ忌々しげな表情を浮かべてから壁際まで追い詰めていた煌鬼の体から、ようやく離れたのだ。 そして____、 「ち……っ____年を取らない妖じみた気味の悪い世純の犬だからって良い気になりやがって……こんな所、すぐにでも出てってやるよ……っ……」 舌打ちまじりに下品な負け台詞を言い放った直後、脱兎の如く衣装部屋から出て行くのだった。 * 「何故…………私を助けたのだ?」 「お前を、助けた……だと!?勘違いするな……我は助けた訳ではない。これをお前の元に届けよ世純殿の命があったのと……単に不正が許せぬだけだ」 夕膳の儀が執り行われる中央広場へと続く廊下を進んで行く中、煌鬼は前方を歩く朱戒の背中に向かって尋ねてみる。 すると、煌鬼が予想した通り――意地っぱりで素っ気ない彼は此方に振り向きもせずにつっけんどんに答えた。 角度のせいか、煌鬼は朱戒の耳がほんのりと赤くなっているのに気付きはしない。 「そ……それはそうと、世純様から預り、先程に手渡した丸薬は飲んだのか?まったく、阿保め……今宵が満月なのを忘れるとは。まるで儚く美しい蝶が、糸の巣を作り待ち構えている恐ろしき蜘蛛にいつでも召し上がれと言っているようなものではないか」 「朱戒、水がなければ……丸薬は飲めない。雨不足で水が足らないから……そこに池はあるけど、水など入っておらず干からびたままだ。おそらく、夕膳の儀には我のような一介の守子に対しても水が振る舞われると聞いたから、その場でなんとか皆に見られずに飲むことにする」 と、ここにきて――ようやく朱戒は丸薬を飲めないという根本的なことに気付いたようだ。水を手に入れるためには毎月王宮から支給されて己の寝所に保管してあるものを取りに行くか、または夕膳の儀で出てくるであろう水を飲むしか方法がない。 しかしながら、朱戒は少しの間――何事かを考えていた。 「煌鬼よ……此処で少し待っていろ。恐らく、すぐに戻る」 そう言い残して、朱戒は何処かへと去って行ってしまうのだった。

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