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第40話

「な、何故に……っ___何故にそれを知っていた筈の世純様は今まで私に黙っていたのですか?それに何故に、は――いいえ……翻儒という方を幽閉しているのでございますか……はっきりと、お答えくださいませ」 普段であれば、上官ともいえる世純に対してへりくだった態度をとる煌鬼だったが、己の出生の秘密を聞かされて冷静にはいられなくなった。 先程までは決して流すまいと必死で堪えていた涙をぼろぼろと溢しながら世純へと詰め寄る。そんな取り乱した煌鬼の様を見ても戸惑いの色を浮かべない世純は目を細め僅かばかり切なそうな笑みをこぼしてから、今は水不足のため枯れ果ててしまっている生気のない桜の木のある部分――すなわち本来ならば淡紅色の花を咲かせるはずの場所を見上げつつ再び口を開く。 「翻儒を…………母とは呼べぬか。まあ、それも無理のなきことだろう。まず、今の今まで沈黙を貫いてきたのは……翻儒と珀王様がお前には決して言うなと我に釘をさしてきた故だ。そして、翻儒を幽閉している訳は……あることが理由で心を壊されてしまったせいなのだ」 「その、あること……とは何なのでございますか?」 煌鬼がそう尋ねると、今度は先程とはうって変わって神妙そうな顔付きとなり、眉間に皺を寄せながら一度言葉をきって深いため息をついた。 そして、今は枯れ果てている生気のない桜の木から目線を王宮にある建物へと移す。 その世純の目付きは、まるで鋭い眼光を秘めた蛇のもののように感じてしまい煌鬼は今しがた彼に抱いていた【怒り】【悲しみ】【屈辱】といった負の感情が引っ込んでしまうくらいの【恐怖】を抱いてしまった。 「今もまだ王宮にはびこる、一部の者達が――珀王様の愛人ともいえる翻儒を精神的に追い詰めた。しかも、それはお前という命を腹に宿した後でも変わらなかった。精神が壊れかけていあ翻儒はお前を巻き込みたくないが故に……自ら幽閉してほしいと我に頼んできたのだ。幽閉されてからは、今に至るまで翻儒は一度も外の世界に出ていない……そこで、お前に聞きたいことがある」 「な……何でございますか?」 「まったく、我が何を聞きたいかなど賢いお前であれば薄々は気づいているであろうに……。まあ、よい……煌鬼よ、お前は母である翻儒とこれから対面する勇気はあるか?」 煌鬼は世純にそう問われると、暫くの間に様々な思いを頭の中で駆け巡らせる。 今までこの世には存在しないと思っていた母が生きている【喜び】。今まで育て上げてくれて第二の親だと思っていた世純が秘密を話してくれなかった【怒り】。自分が王位継承するために必要なことだったとはいえ、王宮の者らにとって疎まれる不義の子供――いわゆる庶子という存在だったことに対しての【悲しみ】。 【楽しみ】という感情など存在しない____。 「世純様、恐れ多いですが私にはあまりに唐突であり尚且つ重大な告白ですので……翻儒殿という方に会う勇気など持ち合わせてはおりません」 まるで獲物を仕留めるために勢いよく飛ぶ矢の如く、自分の顔をまっすぐ見据えてその鋭い目を向けてくる世純からさらりと目を逸らしつつ煌鬼は答える。 その時、ざざぁっ____と風が吹き咄嗟に目を細めた煌鬼の目には、横になびく世純の艶やかな髪と相反するかのように険しい目付きを保ったままの彼の表情がうつってくる。 「お前は…………そのまま、逃げ続けるというのか?翻儒が何を待ち続けているのかも気付いていない振りをして、ずっと自分の本心に背く振りをし続けながら、まるでいわれなき罪を受け入れる冤罪人の如く隠れて生きてゆくのか?先程の夕膳の儀でのこともそうだ……あのような下衆な男の策にはまったまま、お前は反論もせずに牢に閉じ込められる道を選んだ……この際、湖雨の王子の存在など関係ない。お前は、本当にそれで良いのか?」 すぐ側まで来ていた世純に、両腕を掴まれ揺さぶられながら問いかけられた煌鬼は固く唇を結び無意識のうちに首を横に振りながら、彼の言葉を否定しながら「いいえ、いいえ……」と同じ言葉を繰り返し発することしか出来ないのだった。 * 「此所だ……この小部屋の中に、翻儒――いや、お前の母はいる」 「此所は世純様の寝所ではございませんか……ずっと翻儒殿は此方に居られたのでございますか?」 自分の出生についての秘密を世純の口から聞いてから、暫く時間が経った後に煌鬼は半ば有無を言わさずに彼の寝所の前まで連れられてきた。 そろりそろりと、端から見ても遠慮がちに中に足を一歩踏み入れる。世純は自分のことを今まで親代わりに育て上げてくれてきた存在とはいえ、公務では上官という立場なため気軽に寝所まで足を踏み入れたことなどなかったせいで緊張していたのだ。 世純の寝所の中は見事なまでに殺風景で、砂をそのまま塗りたくったかのような黄土色の壁には掛け軸ひとつすら飾られてはいない。辺りを見回してみても、本棚や机――それに赤い座布団ときっちりと畳まれている寝具といった最低限生活に必要といった家具しか目に入ってこない。 行灯の光が不規則に揺らめくのを見て、少しばかりほっとするくらいには世純の寝所は冷たさを醸し出している。 世純に案内されながら、その殺風景な場所を通り抜けると、煌鬼の目の前に焦げ茶色の扉が己を待ち構えるようにしてあることに気づいた。 ぎぃぃっ____ 煌鬼がおそるおそる扉を開けると、甘さと酸っぱさが入り交じった独特な香りが漂う小部屋の中央辺りに座って、焦点の定まらない目でぼんやりと虚空を見つめ続けている男性がいることに気付くのだった。

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