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第41話

先程通ってきた世純が普段から寝室として使っているという部屋に比べて、今いる小部屋は明らかに物が多いように見受けられる。 それに、一歩足を踏み入れた瞬間には強すぎると感じた甘さと酸っぱさが入り交じる独特な香りも慣れてしまえば妙な心地よさまで抱くようになっていた。 (この甘酸っぱい香りは……何処かで嗅いだことがあるような……でも不思議なことに思い出せない……) 兎のように鼻をひくひくさせつつ疑問に思いながらも、煌鬼の目は小部屋に置かれた物をひとつひとつ追う。 天井から点々と釣り下がるのは彩りの折り紙で作られた、何羽もの折り鶴たち____。 市松模様のものや花柄模様といった折り紙で出来ているため一際目立っている。 床に散らばっているのは、異国での遊び道具としてもしられる、びいどろ玉____。大小様々な大きさの硝子でできている玉を転がしながら遊ぶ童子に大人気のものだ。 赤、青、黄色といった色のものがそれぞれ畳に散らばっているが、それらを踏まないように細心の注意を払わなくてはならない。 自分や朱戒の寝所で見た本棚に比べて少し小振りな本棚には、童子が好みそうな《童説話》が並べられていて小難しそうな専門書物などは見当たらない。 どうしてか自然と懐かしさを感じて、ある一冊を手に取ってぱらぱらと捲ってみたが側にいる世純の視線を感じたためすぐに元の場所へと戻してしまった。 そんな風に、小部屋内を確認していた煌鬼だったが、ふと床に散らばっているのは、びいどろ玉だけでないことに気付いた。 そして、妙にその畳に落ちている物が気にかかって仕方がない煌鬼は身を屈めながらそれを拾い上げる。 小さな白い鳥を模した《鳥笛》だ____。 「それは異国にいる白小鳩を模した鳥笛だ」 さりげなく世純が説明してくれたもののそれが耳に届く以前に、それ以外のふとした変気にかかり上官の言葉を無視するのは失礼なのは理解しつつも煌鬼はある変化が起こった翻儒の元へと遠慮がちに近寄っていく。 この小部屋に足を踏み入れた時と同様に、翻儒という中年の男性の焦点の定まらない視線は虚空を眺め続けている。 しかしながら、煌鬼は微かに彼の口元が動いていることに気付いた。 それは、煌鬼が白い小鳩を模してこしらえた《鳥笛》を手にしてから起きた微かな変化だということも本能的に察していたのだ。 「貴方は何か……私に言いたいことでもあるのですか?」 「あ……っ……ああ………う…」 必死で口を開け、何かを自分に対して伝えたいという気持ちは煌鬼にも理解出来たものの中々言葉に出せないせいなのかその答えは要領を得ない。 それだけでなく、翻儒という男性は言葉に出せない自分に対して腹立たしく思っているのか呻き声をあげながら肩までかかる自らの髪を強めに引っ張ったり握り拳を床にばんばんと叩きつけたりと錯乱状態に陥ってしまう。 流石に、このような状況に陥ってしまうとは夢にも思わなかった煌鬼はどう反応していいのか分からず困り顔で側にいる世純の顔を見据えて助けを求めようとするのだった。

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