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第44話

* 「何故に湖雨から来られた第二王子の命に背き、あろうことか牢から脱するなどという罪を犯したのか……申してみよ」 真上から容赦なく太陽の光が照りつける中、煌鬼の罪に対しての詰問が始まる。 凛とした王以外の声はもちろんのこと、今は鳥の声や虫の音すら聞こえない静寂の中で始まった詰問のため、やはり緊張感がないという訳ではない。 しかも、この場にいる全ての者の目が一斉に煌鬼をじぃっと見つめているのだから尚更のことだ。 (できることならば……牢から逃げ出したことを謝り倒してこの危機を何とか穏便に脱したい――そうすれば何らかの罰は受けようとも大事にはならないはず……しかし、それでは何も変わりはしない……俺は変わらず逃げることしか考えられない卑怯者のままでは母に二度と顔向け出来ないではないか) 「私が……牢から脱した理由____それは…………」 と、煌鬼が緊張した口振りで告白しようとした時だ。 王の横に悠然と立ちながら嫌らしい笑みを浮かべている男――【周防】の存在にようやく気付いて、煌鬼は一旦口を噤んでしまった。 ここにきて、悔しさと激しい怒りに支配されて冷静さを失いつつあったせいだ。 それは何も忌々しい周防に対して弱気になっているせいだとか体裁を気にして口を噤んだという訳ではない。 憎しみの対象である周防を見てしまったせいで冷静さを失い尚且つ、余計な言葉まで一気に王へと発してしまいそうになったからだった。 とりあえずは冷静さを取り戻すために、視線を王や周防のいる方向から正反対の方向へとさりげなく移した。 王族の右側で地蔵の如く微動だにせずに立っている朱戒と目が合う。 かつて、巻物の読みを教えてくれた時のように眉をひそめて険しい表情を浮かべつつ真っ直ぐに此方を見つめている。朱戒の強い眼差しのおかげで未だに戸惑いの色をはらんでる心中で決心がついた。 「お前はここにきて未だに逃げ出すつもりなのか!?」と直接口には出さずとも、その鋭い眼差しのみで問われているような気がしたからだ。 「お……恐れながら申しあげます。私が牢を脱出したのは……私が粗雀天音之尊様の前で膳をこぼすように意図的に仕向けた不届き者がいるからでございます。その者は、私に対して膳をこぼすように着物の袖を故意に引っ張ったのでございます。つまり、それは私の意思によって起きた罪ではなく事故であったため、どうしても納得できずに牢から出たのでございます。牢に入るべきは私ではなく謂われなき罪を押し付けたその者にございます」 雨不足のせいで一度も降らないことに加えて真夏であり、真上から容赦なく太陽の光が照りつけるのと凄まじい緊張のせいで口はからからに渇き、声色も枯れてしまってはいるが何とか自分の無実について言い終え完全にとはいかずとも僅かばかり肩の荷が降りた煌鬼はおそるおそる王の反応を伺う。 二国の王からはすぐには何の反応もなかったものの周囲からは、ざわめきが沸き起こる。ほとんどの者が己に対して忌々しいといわんばかりの不快感を現してそれを隠そうともしなかったが煌鬼にとって気になるのはそんな些細なことではなかった。 「して…………その不届き者とやらの名は?それに何故に貴は一度は反論する機会があったにも関わらずおめおめ牢に入ったのです?」 珀王よりも先に煌鬼に声をかけたのは湖雨の第二王子【粗雀天音之尊】だった。 父は何も言ってはくれない。しかし、その眼差しは朱戒とは違ってどことなく柔らかく思えるのだが、それは煌鬼自身の願望による錯覚かもしれない。 それとは別に王族の左側から鋭い視線を感じて、煌鬼は思わずそちらへ目を向けそうになったが何とか堪える。ここで、目をやってしまっては絶対に怯んでしまい不届き者である張本人の名を言えなくなってしまうと察していたからだ。 そこには、朱戒と同様に地蔵の如く微動だにせずに立っている【周防】がいる。 「その者の名は……周防様でございます。そして、私が一度は牢に入ったのは……情けなくも粗雀天音之尊様の命に逆らうことに対して凄まじい恐怖があったからでございます――ですが、謂われなき罪をすんなりと受け入れるなどという卑怯なことはしたくないと思い直して……今、この場にて真実を申しております」 煌鬼が凛とした声色で真実を述べ終えた途端に、先程のざわめきの後に続いていた周囲のひそひそ声が嘘のように、しんと静まりかえると同時に一斉に周防へと周りの者の視線が集うのだった。

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