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第45話

「まったく、いきなり何を申しているのかと思えば……不届き者は根拠もなく戯れ言を申す貴様ではないか。どうやら、貴様は臆病で身分が低いだけでなく自ら罰せられることを望んでいる愚か者らしい――さすがは珀王が奥方である王妃様以外のどこぞの馬の骨に産ませた不義の子といったところか。今は病に伏せっているとはいえ聡明な王妃が哀れでならない……汚らわしい。見目に反して、何と貴様は汚わらしき存在なのだ」 「……っ____」 つい先刻まで凛とした声色で真実を告白した煌鬼も、流石に涼しい顔をしつつ言い放ってきた周防の反論を含めた言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべた。 己が珀王と王妃である尹儒との間の子ではなく珀王と翻儒という者との間に産まれた子であることは世純とごく僅かな者しか知らない筈だ。 自国の守子達でさえ知らされていない事柄を何故に異国の付き人である周防が知っているのかという疑問と、「汚わらしき存在」という図星を容赦なく指摘されて凄まじい恥辱を抱かざるを得なくなり先程の勢いはどこへやら肩を落としつつ黙りこくってしまう。 「周防殿の言葉も一理ある…………根拠なき罪で周防殿に不快な思いをさせるとは――やはり我が息子には鞭打ちの刑が妥当かと思われるが、湖雨の第二王子は如何なるお考えです?」 父である珀王は異国の従者である周防から侮蔑されていても、必要最低限の言葉以外は何も言おうともしない。 「ええ……珀王様が仰るとおり此方の周防が意図的に衣装の裾を引っ張ったという証拠がない以上は……鞭打ちの刑が妥当かと思われますね」 淡々と語る二人の王の反応が傷ついた煌鬼の心に更なる追い討ちをかける。 しかしながら、自身は命令に背き牢から脱出しただけでなく牢屋番の男に怪我をさせた身であり、彼らの判断を受け入れる義務があるのだ。 (奴や王達の言うとおりだ……周防が意図的に俺の衣装の裾を掴み引っ張ったという確固たる証拠がなければ……卑怯なるあやつを裁くことなど出来ぬではないか……何と愚か者なのだ――俺は……) 糸の切れた操り人形の如く、がくりと力なく膝から崩れ落ち意図せず目の前にいる忌々しい周防なる男へ土下座するような姿勢となってしまったため血が流れてしまうくらいに強く唇を噛み締める。 「いいえ、粗雀・天音之尊……加えて珀王様。おそれながら申しますが、確固たる証拠もなく我に罪を認めろと、この不届き者は発言したのでございますよ……鞭打ちの刑のみならず他刑を加えるのが等しいかと思われます」 「ほう、して……周防はその他刑とやらには何罪を望むのです?」 「流石は偉大なる粗雀・天音之尊――。この不届き者には鞭打ちの刑に加え、流刑が妥当かと思われます。貴殿は重々承知でしょうが、ちょうど我の下僕が諸事情にて行方不明となりましたため胸を痛めておりました。この不届き者を湖雨へ流刑に処し、哀れ行方不明となった者の代わりにする……それが我の望みでございます」 この流れは非常に良くない____と煌鬼は分かりきっていた。しかしながら、その一方で【周防の罪を暴く確固たる証拠すら掴まなかった】愚か者の自分にはどうすることもできないということも分かりきっていた。 珀王の存在などあってないようなもので、会話は湖雨の第二王子とその付き人との間で一方的に交わされてしまっている。 しかも、確固たる証拠もないとくれば煌鬼がいくら反論をした所で一枚上手な周防の弁によって、のらりくらりとかわされてしまうのが目に見えてしまっている。 (鞭打ちの刑など、ましな方だ……問題は流刑に処されあの卑劣な男の下僕にされてしまうこと――落ち着け、落ち着くんだ……何か、案はないか……) いくら頭の中で案を考えてみても、結局は【確固たる証拠】を突き付けるという周防の言葉には結びつかない。たとえ、「他に見ている者がいた」と煌鬼が発言した所で周防は「その者が見た証拠はあるのか?」と問うに違いない。 (やはり、何らかの証拠がなければ____反論しても無駄なのか……) と、煌鬼がまたしても諦めかけた時のことだ。 「会話の途中で誠に失礼致す……吾はおそれ多くも、周防なる付き人のその言に、異を唱える。煌鬼なる守子よ……安心するがいい。吾は其方が喉から手が出るほどに欲しているものを……持っておる」 どこからか、老人じみた口調でありながらも凛とした声が周囲を支配していた静寂を破る。 おそるおそる声のした方へ目を向けた煌鬼は、そこに水色の衣を身に着け、頭には黒い鉢巻きを巻いている医官が立っていることに気付くのだった。

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