46 / 119

第46話

(あの医官らしき男……どこかで見た覚えがあるような――) あまりにも唐突な申し出に、鳩が豆鉄砲をくらったかのような唖然とした表情を浮かべながら考え込んでいた煌鬼へちらりと視線を移したものの、その男は特にこれといった反応はせずに堂々とした態度を示しながら真っ直ぐに珀王やら王妃である尹儒といった王族――そして、湖雨の王子や付き人らの前へ向かって歩いて行く。 流石に、この医官の男の出現という出来事は異国の王子や付き人達、それにこの国の支配者である珀王やら王族でさえも予測出来なかったのだろう。 此方の国や湖雨の王族関係者らは、皆が皆――唖然とした表情や素振りを隠せずに医官の男の言葉に耳を傾けている。 しかしながら、王族らを前にして両側に控えていた守子達の様子は無言のまま耳を傾けていた王族の面々と違って、彼に対してあからさまに悪意を持っているのだと煌鬼は察した。 明確に言葉にせずとも、守子達の目付きが『我々は医官の男が気にくわない』と語りかけているのだ。 そして、皮肉なことに醜い感情をあらわにしている守子達の幼稚じみた態度のせいで医官の男の正体を思い出せた。 (そうだ……あやつは、婚儀に及ぶべく遠い異国から来たΩ種の男と珀王様との間に生まれたという庶子だ……つまり、多少事情は違えど俺と同じような生育事情を持つ医官ということか……だが、何故――奴は俺を庇うような発言をするのか……あやつとて、周りの悪意や好奇の目から自らの身を守るのに精一杯だろうに……) 「何なのだ……貴様は____まあ、いい。貴様が何者なのかというのはどうでもよきこと。我の言い分に不服があるのなら、その証拠とやらを我の眼前に突き付けろ……さすれば、その冤罪とやらを受け入れなくもない」 その周防の言葉を聞いて、哀れなる生の事情を持つ医官の男である慧蠡(けいら)は全く怯むことなく鋭い眼光を放つ目で睨み付ける。 しかし、それもほんの一瞬のことで恐らく余裕をあらわにしている周防はそのことにさえ気付いていない。 にやり、と慧蠡の口角が上がったことさえ気付いているのは煌鬼と、せいぜい周りにいながら王達に気付かれないように注意深くひそひそと声をひそめる何人かの守子しかいないように見受けられた。 「湖雨の第二王子は賢いとお聞きしていたのだが、どうやら付き人の人選は見誤ったようだ……では、これより吾は証拠を提出するぞ……念のための確認といこうかの。そちは、それでよろしいのだな?」 「何を今さら申しているのか……貴様の口振りは非常に腹立たしい――証拠があるというのなら我や王族の方々の前にて提出してみせよと口を酸っぱくして申している……もしもそのようなあり得ないことができるというのならば……この愚か者の罪を白紙に戻そうと言っているんだ。まったくもって時間の無駄だ……早くしろ」 周防という男は元来から、せっかちらしくどっち付かずを好まないようで何度も似たような質問を繰り返す慧蠡に対して苛立ちを隠しきれていないようだ。 (もしかしたら、この周防なる男は……本当は小心者なのかもしれない……ということは、この男にも俺と似た部分は少なからず存在するのかもしれないのか……) などと、煌鬼が内心冷や冷やしながら考え込みつつ慧蠡と周防のやり取りを見守っていた最中だった。 ふと、慧蠡が恭しく身を屈めて王族らに対して礼をした後に、その場で背負っていた荷を下ろすとそれをほどき、中から白いものを取り出して優しく丁寧に地面へと置いたのだった。

ともだちにシェアしよう!