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第47話
「これは、あの煌鬼なる者が舞福の儀を執り行った際に身に纏っていた衣装で間違いなかろうか……甚だ疑問でございますな。そこで、誠に失礼ながら、珀王様に助言頂きとうございます。吾は舞福の儀に参加出来なかった故に確証が欲しいのでございます」
その発言が、周りの守子達に届いたとたんに今まで黙って頭を垂れていた彼らの不満が爆発した。王(しかも異国の王子や付き人もだ)の前にいるという重大な立場もどこへやら口々に「庶子である癖に生意気な」だの「世純殿のお墨付き故、少しばかりは賢いと思っていたが汚れた血が流れる者を庇うとはなんたる愚か者だ」だのと此方側をここぞとばかりに罵る声が聞こえてくる。
むろん、《汚れた血が流れる者》というのは自分のことだ――と煌鬼は途徹もない、いたたまれなさを感じてしまい再び下を向きながらあまりの悔しさから唇をぎゅっと噛み締める。
しかし、王の眼前にて恐れ多くも懇願している医官の男は全く気にしていないのか守子達の冷酷な言葉にも反応すら見せずに、ただひたすら真っ直ぐに前を見つめるばかりだ。
「余の愛人で異国から来た明夜の息子であり、愛する息子の慧蠡よ……お主が其処にいる煌鬼が押し付けられた理不尽なる罪を何としてでもはらしたいという事情は此方とて身に染みる程に理解したとも。しかしだ、見たところこの衣装に異変など見られないようだが――お主はいったい何をもってこの衣装に煌鬼が冤罪である証拠があると主張しているのだ?」
「珀王様……その発言は、つまり――この衣装に我々が細工などしていないという証明となりうるということに間違いありませんか?」
ふと、先程まではくだけた口調だった慧蠡が唐突に真面目な口調になったのを煌鬼は聞き逃さなかった。それに加え、先程よりも更に真剣な顔つきになりながら彼は真上にある太陽に目線を向ける。
「その質疑に答えるには、少しばかり時間がかかります。そこで、此方から新たに証拠を提示しますが宜しいですか?」
珀王は、慧蠡が言わんとしていることが分かりかねたため不思議そうな表情を浮かべつつも、なすすべなく頷いた。
「これは、湖雨から此方の国に渡る際に発行される通行手形です。そこに、周防殿の拇印が押されているのですが、異常があるかどうか珀王様とその他数人とで確認して頂きたいのです……それすなわち、拇印に細工した跡がないかどうかということになりますが……宜しいでございますか?」
珀王と湖雨の第二王子、そして周防以外の付き人らが通行手形を目に穴が開いてしまうのではないかと思う程に確認した。
雲ひとつなく快晴の空からぎらぎらと照りつける太陽は、その場にいる全員はもちろんのこと地に置かれたままとなっている《舞福の儀》の衣装をも容赦なく照りつけている。
*
それから、暫く経った____。
煌鬼の尋問が執り行われた時刻から、既に一時間は経っているだろうか。
「そろそろ……この煌鬼なる者の無実を晴らす証拠が浮かびあがってくるでしょう。湖雨の方含めての王族の皆様、それに噂話ばかりぬさる愚かな守子もろとも……目を皿のようにしてご覧あれ」
____などと慧蠡が発した直後のことだった。
ふと、今まで異変など何も見られなかった筈の《舞福の儀》の衣装にある変化が起きたのだ。
じわり、じわりと――ある紋様が布の生地へ浮かびあがってきたのだ。その形は、きれいな円形を保っていて尚且つ渦巻き状となっているのが誰の目にも見てとれる。
「さて、ここで煌鬼よ……貴にお願いがあるのだ。ここに、拇印してはくれぬか?なあに、貴はこの紙の上に拇印するだけでよいのだ」
「……っ____」
慧蠡が言うには、ただ紙の上に拇印をするだけで己の冤罪を晴らすことに一歩近付くということだが、それでも煌鬼にはとても勇気のいることだった。
目の前には、父である珀王がいて母の知り合いでありよき理解者だったという病弱がちな王妃の尹儒もいる。しかも、二人ともそれこそ穴が開いてしまう程に煌鬼を真っ直ぐに見据えているため重圧感が半端なく、そう簡単には「罪を晴らしたい」と言いにくい雰囲気なのだ。
何という、どっち付かずな性格なのか。
今までも、そんなどっち付かずで他人に流されてきた生き方をしている様を不甲斐ないと心の片隅で自覚していたものの、自分が珀王と翻儒の間に生まれてきた訳ありの不義の子だと知ってから、そのことが更に重くのし掛かってくるように感じてしまう。
「ふむ、貴はそのように簡単なことさえ受け入れるのを恐れているように見受けられる……そんなに自分が信じられぬか?それとも、してもいない罪を押し付けられても立場的に上である周防殿を恐れているのか。何という愚かで臆病者なのだ……貴と友人になりたいと思っていたがそんなことは思うだけ無駄だったか……よい、我の提案はなかったことに……」
「お待ちを……っ___俺は、まだ拇印しないと言った訳ではございません。それに、貴方を信用しないと言った訳でもありません」
ここにきても行動に移そうとしない煌鬼に対して、ほとほと呆れ果てた様をあらわにしつつ溜め息をつきながら慧蠡が《舞福の儀》の衣装を片付けるために手を伸ばしかけた直後のことだ。
煌鬼が意を決して、既に用意されていた朱肉へ右手の親指を押し付けて白紙の上に拇印し、それを慧蠡へと半ば押し付けるようにして手渡ふのだった。
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