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第49話

その後は、もはや煌鬼の罪の所在を明らかにする裁判の儀どころではなくなってしまった。 何せ現王の跡を継ぎ、この国の未来を担う立場の天子が何者かによって矢を放たれたのだ。 しかも、腕を負傷してしまうという予想だにしない事件が起きてしまったためだ。 それはさておき、とにもかくにもひねくれ者の慧蠡によって自分の命は救われたのだ。あのまま、慧蠡がいなければ最悪の場合命をも脅かしかねない拷問にかけられ、その後に命を落としていても不思議ではなかったのだ。 今は裁判の儀があった日から、ちょうど一週間がたった夕暮れ時なのだが煌鬼は天子の寝所にいながら彼の看病に励んでいた。 本来であれば天子の契魂相手である 【亞喰 光子 】殿が看病するのが当然なのだが、あろうことか第一王子はそれを頑なに拒んだのだ。ちなみに、契婚の儀とは【死して体を失っても尚相手と不滅の魂を通じて思い続ける】というのを誓う儀のことで王族は代々この儀を行ってきた。 それには、必ずしも愛など必要ない。 王族に連なる長子に生まれた時点で、その儀から逃れることなど出来ないのだ。 「天子様……腕のお加減は、如何なのですか?」 「もう、よい……それよりも煌鬼よ、僕は……お前に聞いてみたいと思っていたことがあるのだ……僕の言葉を聞いてくれるか?」 「私に……聞きたいことでございますか?」 はて、と煌鬼は首を傾げる。 布団から起き上がった状態とはいえ、眼前にいる天子は以前に娯支店区にて会った頃とはまるで別人のように真剣な顔つきで此方を見つめながら尋ねてきたせいだ。 「お前の母は、どのような人物なのだ?」 思いも寄らぬ問いかけに煌鬼の心は、さざ波の如くざわめいた。しかしながら、何とかして笑みを作る。 今、目の前にいる王子は煌鬼を生んだ母の存在など知らない筈なのだ。 「よくは知りません……その、母は――遠い昔に病によって命を落としたと知らされているもので……」 「そうか。では、質問を変える。何故、お前は……そのような嘘をつくのだ?お前の母は……王宮の闇にまみれた暗き場所に身を縮こまらせ廃人と化している筈であろう。全て知っている____お前の母のことも、父親のこと――お前の忌まわしき出生のことは全て知っているぞ」 よもや、今度は煌鬼がこう尋ねるべき時だった。 「天子様……貴方様が何故、そのような事を知っているのでございますか?」 「…………」 行灯の炎が揺らめく寝所内には、暫し静寂が訪れる。 しかし、それも長くは続かなかった。 今までにない程に儚げでありながら尚且つ真剣な表情を浮かべた天子の黒い二つの瞳が煌鬼の顔を見据えて口を開いたからだ。 「ある者から聞いた……が、誤解するでない。お前の母のことを悪く言うつもりはない。お前の母である《翻儒》は、我の母である王妃《尹儒》の母親であり今は天に召されてしまった《魄》殿と親友だったというし、そもそも王宮には世継ぎがいなければならないのだから父様があの選択をしたのも致し方ないともいえる。だが、嘘をついたのは何故か……それはお前が我に対してある種の優越感を抱いているからではないのか?」 「…………」 煌鬼は天子の問いかけに対して、何も答えられなかった。いや、正確にはどのように答えればいいのか分かりかねた。 今の天子は自分に対して明らかに怒りを抱いている、と本能的に察したせいだ。 「天子様……貴方様は、何故に……私に対して怒っておられるのですか?」 「それは、お前が……」 と、何かを言いかけた時に寝所の襖が乱暴に開いた。 ふと、顔が互いに触れ合いそうな位置にまで天子と近づいていたことに我にかえった煌鬼は慌てて顔を開かれた襖の方に動かした。 すると、其処には何故か般若の如く此方を睨み付けている【亞喰 光子】が仁王立ちで立っていたのだった。

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