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第51話
「世純殿がいなくなっただと!?煌鬼よ、もう少し具体的に話せ。それに、何ゆえに……無子様とおられるのだ?」
泣きじゃくる哀れな王子の無子を宥めた後に、このまま二人で探していても埒が開かないと判断した煌鬼は頼りになりそうな人物の寝所へと駆けて行った。
普段の公務から他人を守り、必要であるならば罪人を成敗することに慣れている警護人の朱戒であれば今のこの状況に対して知恵と力を貸してくれるのではないかと思ったのだ。
もちろん、寝支度をしている最中だったと思われる朱戒の元を尋ねたのは非常に心苦しかったのだが、尊敬すべき上司といえる世純が行方不明だと聞いて白い靄がかかったかの如くすっきりとしない頭の中に咄嗟に思い浮かべたのは、かつてより苦手だと思い込んでいたこの男しかいないのだ。
「知らぬ……何故に、世純様が周りに何も告げずにいなくなってしまったのか……っ____俺にもわからないのだ!!あの方に、もしものことがあったら……」
蚊の鳴くようなか細い呟きを発した、その直後に予期せぬ反応が返ってきたため煌鬼は目を丸くしつつ上に目線を向けた。
声が震え、膝ががくがくと揺れ続けて顔面蒼白になっている煌鬼に対して、文句を言う訳でもなく軽蔑する視線を向けてくる訳でもなく、あろうことか一応は王子である無子がいるにも関わらず朱戒は黙ったまま震えるばかりの己を抱きしめてくる文字。
朱戒の強さをはらんだ黒い目は、ただひたすらに此方をまっすぐ見据えてきたのだ。
しかしながら、それだけのことで気分が少し楽になっただけでなく、つい先刻まではすっかり狼狽しきっていた心を落ち着かせることができたのだから不思議なものだ。
そして、ようやく冷静さを取り戻したところで未だに狼狽している哀れなる王子――無子へと目線を戻した時のこと____。
ふと、無子が先程からずっと右手を固く握りしめていることに気付いたのだ。しかも、彼の手の隙間から細長い何かが所々はみ出ていることに気付いた煌鬼は訝しさを感じつつ、それを尋ねるべく口を開きかけた。
その時____、
「こ、これ……これ……は____」
訝しさをあらわにしながら己を見つめてくる煌鬼の行動が気にかかったのか、妙に視線をさ迷わせながら無子はそれについて説明しようとする。
「よろしいですから……少し冷静になって下さいませ。無子様、手に握っておられるそれは……世純様の寝所にて拾ったものでございますね……違いますか?」
「せ……世純の寝所の――扉の隙間から、これが見えていた。それで、扉が僅かに開いていたため覗き込んだが……世純らしき者の姿はなかった……ただ、中はとても薄暗く、更には生臭い香りが漂っていたために……すぐに寝所から離れて……今に至るのだ」
つい先刻まで、慌てふためいていた無子だったがうってかわって冷静な口調で今まで起こった出来事を話してきた。そして、固く握りしめていた右手を開いたのだが、中にあったのは灰色の毛が数十本であり煌鬼と朱戒はそれの正体が何なのか知らず其々が己の不甲斐なさに眉をひそめるのだった。
「おい、お前たち……そんな所で何を突っ立っているんだ?」
ふと、背後から何者かに声をかけられて三人はほぼ同時にそちらへと振り向いた。
すると、訝しげな表情を浮かべている允琥とその横には異国からはるばる海を渡って来訪した【異国使節団】のうちの一人である真っ青な顔をしている案内人の男がいつの間にか大した音もなく立っていたのだ。
案内人の男は何故か真っ青な顔をしつつ立ち尽くし、時折ちらりちらりと此方の行動を伺うばかりだが、允琥は違う。
まるで般若のような恐ろしい目をしつつ。特に煌鬼に対して怒りをあらわにしているのだ。
それも、そのはず____。
允琥の想い人である歌栖の命を奪った罪人の正体を共に探すという目標をかかげたにも関わらず、煌鬼は今に至るまで何ひとつ手掛かりさえ見つけていないのだ。
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