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第52話

「貴殿らは……先程から、おいらの寝所前で――いったい何を騒いでいたのだ?」 罪悪感をはらんだ目を向けてくる煌鬼に対して気まずさを抱いたせいか、允琥は素っ気なく顔を逸らすと僅かばかり緊張した面持ちで朱戒へと尋ねる。 「世純殿が……忽然と姿を消した。しかも、誰にも何も告げずにだ。お主らは、何か心当たりはないか?」 「____っ…………!?」 煌鬼はその瞬間を見逃さなかった。 允琥の隣にいる異国から来訪した案内人の男の顔色が、朱戒の言葉を聞いた途端に血の気が引いたのを決して見逃すことなく気がついたのだ。 更には、その直後から案内人の男が怯えをはらんだ目を此方へ向けてくるのも見逃すはずもなかった。 「何か……私に言いたいことでもあるのでしょうか?」 「____っ……な、何を今さらはぐらかしているのか。周防殿が、行方不明となったのは……一介の守子である貴様の仕業なのだろう?このような物を我に送りつけ、更には世純なる男を巻き込んだ……貴様の悪ふざけなのだろう?そんなに、あの時のことが忌々しかったのか?」 煌鬼の脳裏によぎったのは、いわれなき罪をなすりつけた周防の下衆な行為明らかにするべく慧蠡に力を借りた日のことだ。 確かに、自分を嵌めた周防を憎らしいと思ってはいたが流石にそんな悪質極まりない悪ふざけなどしはしない。 ましてや、この世で最も尊敬しているといっても過言ではない存在の世純を巻き込んでまでする訳もなかろうと煌鬼は反論を示そうとした。 しかしながら、そんな煌鬼の反論はあっけなく阻止されてしまう。何故なら、案内人の男が懐からある紙を此方へといささか乱暴に突き出してきたからだ。 しかしながら、その紙には目を皿のように見渡してみても文字などは書かれてはおらず、他にも特にこれといった特徴は見られない。強いていうならば、煌鬼らが普段からよく目にする紙とは違って色が違うということだけだ。 「この紙、文字がないというのも奇怪だが……そもそも、このような僅かに茶色みを帯びたものは滅多に見たことがない。だが、待てよ____以前に、どこかで……。おい、お主はこの紙をどこで手に入れたのだ!?」 煌鬼は、思わず息を呑んでしまった。 今まで滅多に我を忘れて部下以外の他人に対して声を荒げることなどない筈の朱戒が異国からの来訪者である男へと問い詰めたせいだ。 それは、傍らにいる異国から来訪してきた案内人の男や、王族の血を引いているにも関わらず存在意義を無いことにされているも同然の扱いを受けている無子も同様のようで朱戒のあまりの変わりように怯えてしまっている。 「朱戒よ、いったいどうしたというのか……そのように唐突に眉間に皺を寄せて更には声を荒げるなど……普段は冷静沈着なお前らしくもないではないか……っ____」 「いつまでも此の場にいては、埒が開かない。こうしている間にも、世純殿の身に危機が迫っている刻を早めるばかりだ。夜分だが、そうも言っていられない。今から、あの男の元を尋ねるぞ。この紙は、おそらく文字が書かれていない白紙という訳ではない……だが、我では詳しいことはわからないゆえだ」 こうして、突如として行方不明となってしまった世純の身を案じつつも奇怪なる紙の謎を明らかにするべく、煌鬼らは墨汁のような闇が忍び寄り静寂に包まれゆく王宮内の廊下を歩んで行く。 そして、ある男の寝所兼公務室の前で足を止めるのだった。

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