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第54話

* 「____何故に湖雨の第二王子が、吾の寝所にいるのか、と貴殿らは、そういった怪訝な表情を浮かべているな」 寝所の畳に置かれた行灯の火が揺らめきを止める前に、慧蠡はどことなく疲れた表情を浮かべながらも再び火を灯す。 そして、ふっとため息を漏らすと眠りについているとはいえ苦悶の表情を浮かべながら呻き声をあげつつ手足をばたつかせたせいで布団を撥ね飛ばしてしまった湖雨の第二王子の方へ目線を落とし、それを馬鹿丁寧に直し終えた後に真っ直ぐと煌鬼ら一同の顔を見据えた。 「彼は、突如として貴殿らのように半分正気を失い慌てふためきながら、吾の寝所に飛び込んできたのだ。こんな夜更けに、ましてや……血まみれの衣を纏いながらだ。だが、奇怪なことに――彼の体には目立つ傷などない。さて、どうしたものか……と、物思いに耽りながらも、とりあえずは彼を見守る輩を見つけようと寝所を出て行こうとしたところで吾は此処へ参った貴殿らと対面したということだ」 まるで、さ迷う野良犬を拾った時のように哀れみを含む表情をあらわにしつつ湖雨の第二王子を見つめ直した慧蠡だったが、ふいにその目線が少し離れた場所から此方の様子を見届けていることしか出来ない無子へと移る。 「無子殿……貴は、先程から何をそんなに恐れているのでございますか?単に、湖雨の第二王子殿がこのような状況に陥っていると知れたからではありますまい。いや、それも原因のひとつと言えるでしょうが……決して、それだけではないと……無意識のうちに貴自身が吾へ告げております」 「待て、慧蠡よ。それには……事情があるのだ……実は、世純様が――突如として神隠しの如く忽然と行方不明となったのだ。そして、それを知らせに来たのは無子様であり――この怯えようは、それが原因かと思うのだが____」 慧蠡の厳しい目線は、ふっと煌鬼の方へと一時的に移された。そして何事かを考えているためか、少しの間は無言となり眉をひそめていた。 すると、暫くして慧蠡は何故か無子の足元へと目線を落とした。 「無子殿……無礼を承知で申し上げますが、貴は――世純様の失踪について何か知っておられるのでは?或いは、それに関わる何事かを……知っておられるのではないのですか?」 「…………」 「貴が我々に対して、その事を申すのを恐れるのは……我々が貴を信じないと思い込んでいるからでは?ご安心下さいませ……吾は今までずっと貴を気にかけてました。このような立場ゆえ、貴との関わりをなるべく避けてきましたが――我々は、いいえ……吾は貴の言葉を信じます……もう、周りの者の目に対して怯える必要などありません」 慧蠡の想いが通じたのだろう。 暫くは、無言を貫いてきた無子だったが遂に口を開くと体を小刻みに震わせながら、更には言葉をつっかえさせつつ煌鬼の寝所を訪ねる前に起きたことを、ようやく告げるのであった。 * 「すると……無子様は、眠りから覚めた後に――夢遊病者の如く、王宮内をさ迷い続けて私の寝所まで訪ねられたのですか?更に、ご自身の寝所にて――不可解な光景を目の当たりにしたような記憶が朧気にあるとは……いったいどういうことなのでございますか?」 「それが……いくら考えてみても、よく思い出せない――ただ、自分の寝所にある布団に入り、眠りについたことだけは……確実だとしか言い様がない。その時、側には賢子兄様がいらしたためだ。もしも、疑うのであれば後で聞いてみるがよい……そして、その後に目を覚ましたら賢子兄様は姿を消し、薄暗くじめじめした場所に立っていたのだ。そういえば……そこは鉄臭く、更には遠くから獣臭さと――不気味な音が聞こえていたような……」 煌鬼も存在を半ば無視されている哀れなる無子の言葉を信じない訳ではなかった。だが、 しかしながら――本人の記憶が鮮明でない限り、このような場所で押し問答を続けていても意味がないと思った煌鬼は一旦は無子の話を切り上げた後に事前に朱戒と異国から来た案内人の男から預かっておいた《文字が書かれていない茶色の紙》を慧蠡の前へと差し出すのだった。

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