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第58話
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王宮内で思いがけずに対面した慧蠡と別れた後に、希閃と共に中庭へと向かった時には既に池に沈んでいた麻袋は地上へと引き上げられていた。
先に中庭へと集まっていた数人の守子達と、更には警護人という公務柄、煌鬼ら守子よりも圧倒的に体力がある朱戒が皆を纏め上げつつ、その役目を全うしたのだろう。
ただでさえ蒸し暑い夏の夜だというのに、幾ら普段の公務で体力を使う仕事に慣れている朱戒とはいえ、その目には疲労の色が浮かび、額には玉のような汗が滲んでしまっている。
しかしながら、小さくはない疲労や不安を決して表に出そうとはしない朱戒の心意気を目の当たりにして、煌鬼は尊敬の念を抱くと同時に更に彼に対する恋心を募らせていく。
ふと、此方へと振り返った朱戒と目が合うと心臓がどきりと一際大きく脈打ち、更には早鐘のように高鳴ってしまい、あまりの気恥ずかしさから咄嗟に顔を背けてしまう。
「煌鬼よ、いったいあの麻袋は……何なのだ?見た所、池に沈んでいたようだが――何だって……あんなでっけえ麻袋が沈んでいたんた?ありゃあ、まるで……中に____」
と、独り言のように問いかけてくる希閃の慌てふためく声を聞いて雷に打たれたかの如く一瞬にして我にかえる。
希閃が直接国に出して言わずとも、引き上げられた巨大な白い麻袋の中に入っているもののが何なのか――既に分かりきっていたからだ。
もはや、白い麻袋の方へと進んでいく勇気がない。
しかし、そんな臆病者な煌鬼の震える肩へ手を置いたのは重労働を終えて不安と疲労とを必死で隠そうとしている朱戒だ。
朱戒はちらりと麻袋を一瞥し、更にはそれを開けようとする勇気のある守子達を制してから、ため息をひとつつく。
そして、煌鬼の方へと振り向いた。
「煌鬼よ、あの袋は……お前が開けろ。むろん、他の者でもそれをするのは可能だ。だが、あれはお前が開けなくてはならない――私の言いたいことは分かっているだろう?」
「…………」
こくり、と頷いた後に煌鬼は意を決して周りの守子達が息を呑み見守っている中、白い麻袋へと近づいていった。
そして、おそるおそる麻袋の口を縛っていた縄を解く。
ある程度は、予想していたことだ。
その中には、つい先刻に目にした特殊な手法を用いたという紙の上に描かれた《異国の鼠》さながら、全身がびしょ濡れとなり息も絶え絶えとなっている世純がいる。
顔面蒼白で、どう見ても生きているとは思えない煌鬼は涙と鼻水で顔が汚れるのも構わずに慌てて彼の静かな胸元へとすがり付くのだった。
更に、その直後にも世純の件とは別に悪夢の如く大事件起きたという旨を王宮内に留まっていた数人の守子らが駆けて報告しにきたことにより、精神的にも肉体的にも疲弊しきっていた煌鬼らの身に突き付けられ、積み上げられた石の如く重くのし掛かってくるのだった。
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