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第61話

無子が指差した場所には、一羽の雀。 鳴きもせずに、ただひたすら静かに煌鬼達の方を見つめているのだ。 しかしながら、今はほとんどの者が寝静っている丑三つ之刻だ。 かつて、雀は皆が寝静まりこの世ならざる者が徘徊する丑三つ之刻には、集落の民家といった賑やかな場ではなく、人里離れた森や林にてひっそりと休むという話を聞いたことから、昼間ならばいざ知らず夜に王宮内にいるという事実に少しばかり違和感を覚える。 そういえばと、ふと思い出す。 雀に関する夜生態の子守り話を聞かせてくれたのは、もはやこの世には存在しない世純だったことを今更ながらに思い出した。 そのせいで、煌鬼はあまりの哀しみに胸が締め付けられ、ふらふらとした足取りで雀の方へと誘われるかのように歩いて行く。 「…………純さま、世純さま……っ____」 己でも、何をもって何処にでもいそうな一羽の雀に対してそのように呟いたのか理解できなかった。 しかし、何故かは分からないが、そう呟きかけなければいけないような気がした。 先程、無子が言っていた【種なる脱皮】という奇怪な言葉の意味も、こんな夜中に枯れて生気を失いかけている桜の木の側に一羽の雀がいうという奇妙な光景も煌鬼にはその意味がまるで分からない。 しかし、その一羽の雀は煌鬼が【世純】という名を口にした途端に、さながら肯定を意味するかの如く首を上下に何度か揺らした。 「な、何故……何故に、このような____奇怪なことが起きたのでございますか……私には全く分かりませぬ。貴方と、更には異国から来ただけの周防殿が、このような事態に陥ってしまった謎の真実を私に教えてくださいませ……っ____どうか、どうか……」 世純が命を失い、更には一羽の雀となり己の前に姿を現したという奇妙な状況に直面し、とうとう堪えきれずに今まで貯まっていた不安、哀しみ、救えなかった己に対する情けなさが一気に止めどなく噴出してしまう。 そのため、煌鬼は幼子のように大粒の涙をぼたぼたとこぼしながら嗚咽を漏らしつつ雀へと問いかける。 すると____、 「真実は……その謎の真実は、お主らが解き明かすのじゃ。煌鬼よ、既に種なる脱皮を終えてしまい、更には【禍厄天寿の呪い】のせいで人間ですらなくなってしまった世純はその謎を解くことはできず、ただひたすらこの桜の木の真下で……お主らの行動を見守ることしかできない。それに、世純は以前から呪いで今の状況になることを予期していたうえでそれを頑なに隠していた。それは、全て……お主らに心配をかけないため___だから、余もそれを伝えていなかった」 煌鬼は無子の言葉を聞いて、衝動的に彼の胸ぐらを掴むと激しい怒りに襲われたせいで強めに地へと押し倒してしまう。 本来であれば、このような不敬を働くのは幾ら無子が珀王ら王族達から存在を認められておらず快く思われていないとはいえ、仮にも王族であるため極刑が課せられるが、そのように重大なことが吹き飛んでしまうくらいに、めらめらと心には凄まじい怒りの炎が揺らめいているのだ。 「あ……貴方は、こうなることを知っていたのでございますか!?世純様が、何者かによって魂の灯火を消され、このように儚き雀になることも、更には異国から来ただけの周防殿が理不尽に何者かによって命の灯火を消されてしまうのを……」 胸ぐらを掴むだけでなく、このままでは無子の首すらも、ぎりぎりと締め上げそうだと自覚した煌鬼はかろうじて残っている理性を必死で保ちつつ、とはいえ今まで滅多に発したことすらない怒鳴りをあげながら問いかける。 「た、確かに……っ____余はこうなることをあらかじめ理解しておきながら、故意に世純にかけられた【禍厄天寿がもたらす呪い】についての真実を告げずにいた。しかしながら、全ては世純の意を汲んでのこと。余とて、今まで唯一の理解者だった彼の死を哀しんでいないわけがない。だが、済まなかった……どうか、赦せ……赦してくれ……煌鬼よ」 じわり、と大粒の涙が飴玉のような目に浮かび上がり、無子の目が歪んでいく。いや、目だけではなく表情全体が先程までの煌鬼と同様に深い哀しみと虚無に包まれ、くしゃりと歪んでいったのだ。 その必死でふりしぼった無子の懺悔の言葉を聞き、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった煌鬼は嗚咽する彼の胸ぐらを掴んでいた手の力を緩めた後、無子の前に膝をつくと深々と土下座するのだった。

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