63 / 122

第63話

「む、無子様……っ____いったい、何をなさっているのでごさいますか!?あろうことか、王子である貴方様がそのようなことを……」 顔面蒼白となった。 ____が、煌鬼が桜の木の真下へと移動し終えた時には既に、無子は下衣の裾を膝上くらいまでに捲り上げ、更に黒い上衣を脱ぎ捨て半下衣のみになると、此方の制止の声などお構い無しに地から覗き上げなければならない高所の木の枝に引っかかったままの頭巾代わりにしている黒布の方へ向かって登っていく。 その様は多少慣れているとはいえ、いつ、ずるりと足を滑らせ地に落ちてしまってもおかしくはない。 そもそも、いくら王族にとって存在を認められていない第三王子とはいえ、怪我をさせてしまっては煌鬼の立場も危うくなり更に最悪なことになれば命を落としかねない。 (何としても……それだけは阻止しなければ____) 既に、桜の木の頂上近くまで登りきっている必死な様の無子の姿を見つめつつ、煌鬼は慌てて後を追い水気のないしわしわの幹にしがみついて、やっとのことで登ろうとした時のこと____。 「あ、危ない……っ____!!」 すぐ近くから、慌てふためいた声が聞こえてきた。 己の声ではない____。 しかしながら、よく知っている人物の声のため、驚いてしまう。 そのせいで、咄嗟に地蔵の如く動きを止めて固まってしまった。 その直後のこと、足を滑らせて無子と体が真下へと吸い込まれるかのように落ちてくる。 そんな光景を目の当たりにして動けない煌鬼を軽く突き飛ばし、いつの間にか現れた希閃が危機一髪の所て無子の痩せ衰えつつある体を地へ叩きつけられ寸での所で受け止めたのだ。 「…………」 「…………」 暫くは、誰も何も話さなかった。 煌鬼に至っては、無子の体を両腕で抱えながら彼の瞳を暖かな眼差しで見つめる希閃にも、更に己の身に起きた事態に驚愕するあまり無言で怯えている無子へも声すらかけられなかった。 何故かは分からないが、真ん丸い月明かりに照らされている二人の光景を目の当たりにして美しいと感じ、声を失うくらいに見惚れてしまっていたせいだ。 「まったく、こんな夜中に……何をしておられるのでございますか?貴方は国にとって大切な王子……お転婆も、程々になさいませ」 「う、うむ……済まない。ただ、余は……これを取り戻したかっただけなのだ。だが、救ってくれて……余は嬉しく思う。それでは、良き夜を____」 未だに暖かな眼差しを向ける希閃と、慌てて駆けてきた煌鬼へ頭を下げてから挨拶をすると今度こそ無子は王宮へと戻って行くのだった。 最後に、ちらり____と煌鬼を見つめてから。

ともだちにシェアしよう!