66 / 122
第66話
「おや……お見苦しい所を見せてしまいました。こんな夜更けに、如何したのでしょうか……等という野暮なことを尋ねるのは止めにしましょう。貴方も、眠れぬ程に悩んでいるのですね……分かります」
「こうも立て続けに二人もの命を失ってしまったのです。眠りについたとしても、安眠とはいかぬことは目に見えてますので散歩をしていたのです。して、粗雀・天音之尊様は――先程は何故に笛を吹いておられたり、舞いを踊っていたのでございますか?」
かつてより、湖雨の第二王子である【粗雀・天音之尊】は粗暴で血も涙もない冷血漢という噂が流れて怯えていたものの、目の前にいる彼の笑顔はとても穏やかでいて尚且つ哀しさを孕んでいるように見える。
「先程の儀式は……《帰弔・宵乃舞》といって死者の魂を安らかに天へ召す為のものです。この国では馴染みがないかもしれませんが、湖雨では古の時代から重要とされてきました。異国の地で行うことに抵抗はありましたが、哀れな二つの魂を思い忍ぶと……そうしなければならない気がしたのです」
つい先刻までは、風に吹かれる草の音しかしなかったものの、ふいに鈴虫の鳴き声がそれと重なり合い、夏の宵らしい風流な情景が辺りに広がる。
更には、墨汁を塗りたくったような星ひとつすらない夜空には、青白い月がぽっかりと浮かんでいる。
そこで煌鬼は一度は呑み込んだ、ある疑問を【粗雀・天音之尊】へと投げかける。
かねてより気にかかってはいたものの、一介の使用人と異国の第二王子という立場の違いによって生じる気まずさから、気軽に問えず抱えていた些細な疑問だ。
「このような時に尋ねるのは失礼だと承知しておりますが、その……粗雀・天音之尊様は――周防殿のことを特別に思慕しておられたのですか?以前、貴方様が深い目で彼を見つめていたのを何度かご覧になりましたので……」
歯切れが悪く、気まずさから途切れ途切れになってしまった煌鬼の問い掛けに対しても、【粗雀・天音之尊】は不機嫌さを露にすることなく、それでいて僅かばかり間を持たせてから笑みを浮かべていた先刻とは打ってかわり真顔になった後に口を開く。
「いいえ……思慕していた、と過去形ではなく彼が哀れな最後を遂げた今でも――そして、勿論これからも未来永劫に愛しております。この後に待ち受ける己の残酷な運命の中でも、永遠にそれが変わることはないと断言しましょう。そもそも、何故に湖雨から此方の国に訪れたのか。単に珀王様から招かれたからではありませんでした。周防と共に、駆け落ちするべく……つまりは、湖雨の宮殿という息苦しい鳥篭から逃れたいが故に……此処へ来たのです」
「何故に……そのような暴挙ともいえる行為を成したのでございますか?湖雨の者が、特に王族が黙っていないのでは?下手をすれば死罪となりうるのに……」
「父王である……【誇星・海子之帝】がそのようにするようにと取り計らってくれたのですよ。兄である【真魚・大地之尊】は粗暴かつ冷血で血も涙もなく、更には実子でありながら父王を病的に思慕している。非情な手を使って妃の座にのしあがった兄ですが、どうにもならない問題が起きた。後継者問題です。互いにαである二人は未来永劫子を成せない。更に湖雨には……この国とは違って側室制度なるものは存在しない。ですが、側室候補が王族内部であるなら別です」
今いち、話しが見えてこない。
訝しげな表情を浮かべた煌鬼に対して、【粗雀・天音之尊】はかいつまんで説明してくれた。
自分が、兄である【真魚・大地の尊】の代わりとして次期王候補である子を産む存在として渋々ながら生かされているということ。
自分が、特別変異種で十才を境にαからΩへと体質が変化したこと。
自分が、父である【誇星・海子之帝】から寵愛を受けるが故に兄から煙たがれ散々に虐められ息苦しい日々を送り、その中で周防と恋仲となったこと。
自分が、周防を守れなかったが故に近々、湖雨という故郷へと戻り、死罪を求められる以上に地獄の日々を過ごさなければならなくなってしまったこと。
「____湖雨にいる父王から文が届きました。その後、立て続けに起こった事件のことも詳細に記しました」
月の光に照らされ、目を伏して自然と溢れ出てくる悲しみに必死で耐えようと努力しつつ、【粗雀・天音之尊】は振り絞るようにして声を出す。
「そして、つい先刻……その返事が届いたのです。事件の件が落ち葉き次第、湖雨に戻れと……そのような内容の文です。今までは周防が様々な危険から守ってくれました。ですが、このような事態となり……守ってくれる存在がいなくなりました。これからは己の身は己で守るしかないとようやく悟ることができたのです……故に周防を手にかけた冷酷な犯人が判明したら……湖雨に戻ります」
溢れ出てくる涙を何としてでも堪えようと歯を食い縛りながら告白する【粗雀・天音之尊】のその姿を見て、煌鬼は感動せざるを得なかった。
それと同時に、『何という強き御人なのだろう』と心を揺さぶられた。
更には、かつて他人の噂に踊らされ彼の人となりを誤解していた自らに対して自己嫌悪せざる終えなかった。
「この国にも……やがて、恵みの雨が降ると良いですね。では、おやすみなさい____」
無理して微笑むと、そのまま【粗雀・天音之尊】は身を翻して宮殿へと戻って行くのだった。
こうして、煌鬼はまたしても独りとなってしまった。
ともだちにシェアしよう!