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第68話

* 王宮には月に数回ほど外の世界から訪れる《薬師》が存在する。 外の世界というのは、異国のことや貧困街のことであり、いずれも高度な専門知識が必要とされるため《薬師》として活躍し名をはべらすためには生半可な覚悟ではなり得ないのだ。 度重なる試験に合格し、その栄光を勝ち取った《薬師》の中で大抵は中年の男性なのだが、極稀に例外がいる。 それが《薬師見習い》である。 《薬師見習い》には《薬師》が特別に目をかけ、優秀な知恵を持ち、更には若者が多い。 むろん、王宮には《王族専門医師》が四六時中公務してはいるけれども、薬に関して命を繋ぐ最低限の知識しか持たないそれとは全くの別物であり、薬に関する知識は《医師》よりも《薬師》の方が遥かに高い。 そんな《薬師》に憧れを抱き、いずれは公務したいと願う若者が《薬師見習い》なのだ。 しかしながら、本来であれば王族専任の付き人以外の守子は易々と王族に近づきにくいというのに、その職務柄王族と関わる機会が多いのが特徴だ。 そして、それは月桜の第二王子である【賢子】に関してもいえる。 * 明日には、《天寿之儀》が執り行われる。 本来であれば、世純がこの世から天へ旅だった後に後任として《守子頭》という崇高なる使命を受けた希閃が立会人として出席する筈だったのだが、どうにも気分が優れないという理由で何故か彼の代わりとして使命を受け《天寿之儀》の立会人として出席する羽目になってしまった。 本当ならば、立会人など場違いな職務などしたくはないのだが親友であり、尚且つ今や上司として君臨している希閃の頼みを無下にするわけにはいかずに渋々ながらその役目を了承した。 その準備で足が棒のようになってしまい、煌鬼は一息つくために廊下の端で床へ腰かけて、雲ひとつない晴天を呆然と見つめつつ、疲弊からくる溜息をもらしていた。 その時、煌鬼の視界の隅に見覚えのある二人が愉しげに話している光景が映る。 一人は【賢子】であり、もう一人は今まであまり交流したことはなかったものの名前くらいは知っている《薬師見習い》の青年だ。薬師になるという未来のために勉学に励み凛としている彼の名前は、腥(せい)という。 腥とは碌に関ることのない煌鬼だが、月桜の第二王子であり王族と平民いう立場の壁を乗り越えて親交している二人の関係に口を挟むという野暮なことなどしたくないと思っていた。 何よりも、腥と話している時の【賢子】は日頃王宮という場に閉じ込められ、尚且つ何かと兄である【天子】を気にかけて一歩引いた行動を心がけている時よりも遥かに生き生きしている。 二人が皆の目を凌いで、何度か共にいる光景も目にしていた。 そして、そんな【賢子】の腥に対する様子を見かけているうちに、煌鬼はふと彼が普段とは違って生き生きしている理由のひとつについて気がついてしまった。 (そうか……賢子様は密かにあの薬師見習いの若者のことを……慕っておられるんだ――まるで____) 自分が警護人である【朱戒】のことを慕っているかのように。 とはいえ、自分の事情よりも【賢子】と《腥という薬師見習い》との事情の方が遥かに深刻だ、と思い直す。 それというもの、【賢子】と《腥》との間には《身分の差》という高々と聳え立ち越えるべき壁があるからだ。 (せめて……このまま密かにとはいえ、あの二人が笑顔でいられることを祈ろう___) そう心の中に願い終えると、今まで床に座り込んでいた煌鬼はゆっくりと立ち上がる。 そして、そのまま二人の邪魔をしないために音を立てぬよう慎重にその場から離れて短い息抜きを終えると《天寿之儀》を執り行うための準備に再び取りかかるのだった。

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