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第69話

* 《天寿之議》を行う日が遂にきた____と思うことすら、この儀式において重大な荷が課せられる月桜の正式な王族でもない。 ましてや本来ならば、そもそも居合わせる機会などなかった煌鬼が口言するのも何なのだが、それはそうとして《天寿之儀》を執り行う日がきたのは事実なのだから仕方がない。 通常であれば異国の王族は出席できないという掟がある。 だが、今年は例外として湖雨の第二王子である【粗雀・天音之尊】も参加するとのことで準備に追われている守子達は余計に慌ただしく動き回っていた。 例外中の例外とはいえ、【粗雀・天音之尊】はいってしまえば《異国からきたお客様》であり、しかも粗相があっては首が飛ぶと周りの守子達は本気で信じているのだから、それも無理はない。 【粗雀・天音之尊】が本当は温厚な性格であり、また芯の強さを持っていている反面、精神的にはどこか儚い面があり、立場上【冷血で極悪非道な第二王子】という役柄を演じているだけでしかないというのは煌鬼しか知り得ない事実なのだ。 今は煌鬼は待機中である故に、【天寿之議】が執り行われる《朱雀の間》にて本日のために礼服に着飾った王族が訪れるのを未だか、未だかと待ちわびているのだが、どうも先程から胸の辺りがざわついていると怪訝に感じていた。 しかしながら、それについては、ある心当たりが浮かんできて愚かなことをしたものだと己を責めるしかなかった。 何のことはない____。 あまりの緊張故に、昨夜もどうにも寝付きが悪く、かといって『どうにも気分が優れない』と苦々しそうに言っていた希閃を《娯仕店区》の酒屋へと誘う訳にもいかずに部屋で独り寂しく酒を浴びるほど飲んでいたのだ。 完全に自暴自棄による、やけ酒だ。 正確には、その横には廃人同様の母――翻儒がいたのだから、完全に独りという訳ではなかったが、煌鬼にとっては未だに精神的に支障をきたしている母を受け入れきれていない部分があるのだが、そんなのは些細な誤りにしか過ぎないと感じていた。 だからこそ、胸がざわついていると感じた違和感ともいえる異変を煌鬼は愚かな己が起こした二日酔いのせいだと無理やり納得させたのだ。 気のせいか、頭も僅かながら重たい気がする。やはり、酒は飲み過ぎないようにしないと――などと反省すると、その一方で緊張している頭を休める意味も込めてぐるりと部屋にて同様に待機している数人の守子達の様を見つめ始めた。 すると____、 『おい……見てみい。あそこにいるの、王族専用の宗導師とやらでねえか?何やら禍厄天寿とか何やら高尚に説いているそうだけんど、本当にそんな存在がおるとは……驚きやな』 『しぃっ……そんことは禁句だが。そもそも、遥かに昔ならばともかくとしてもな、今は神聖なる宗導師なんぞおらんいうことになっとるが。おめえ、こそこそと話しとることが王様の耳に触れてみや。罰が与えられるに決まっとるが。あんの宗導師は、昔っからのしきたりとやらで形式上だけ参加させとるいわば置物みてえなもんだでな』 この場にいない珀王の耳に入っているかどうかはともかくとして、その守子達の会話は煌鬼の耳には届いていた。 そして、煌鬼は少し離れた場所に律儀に正座して儀式が始まるのをじっと待ち続けている噂の対象となっている宗導師へと目線をやる。 もちろん、不自然さがないように注意深く、さりげなくだ。 少なくとも、俗にいう金儲け目当てからくる胡散臭さは感じられない。 紫色の法衣は皺ひとつないくらいに身繕られているし、彼のその表情から金の亡者といわんばかりの欲張りさもありそうにない。 (あの宗導師のことを気にしても……意味などなさそうだ――それよりもそろそろ儀式が始まる時刻だが、少しばかり来られるのが遅い……何やら問題でも起きたのだろうか) そんな風に不安を抱きつつ、襖の方へと目をやった直後――礼服を身に纏った王族らが待ち疲れた皆の前に現れるのだった。 《天寿之儀》という、代々続いてきた王の血族に関する重要なものだからなのか、常日頃より増して王族らの纏う雰囲気が険しいことに煌鬼だけでなく周りの守子達も気付いたためか途端に室内は静寂に包まれる。 それから少しばかりすると、王族らは専属の椅子に座して《天寿之儀》が儀式の進事人である二人の守子らによって進められていくいくのを緊張の眼差しで見届けてゆくのだ。 儀式の進事人らによって、長い間、祝詞が発せられていき、遂には《血族酒》が王族ら全員の眼前に出されると尚一層のこと彼らの顔に緊張が走るのが見て取れる。 ここにきて、煌鬼は気付いた。 長い間、意味の分からない祝詞を聞いているせいで退屈しのぎにふと横へと目を逸らしたその時だ。 第二王子の【賢子】に対して深い思慕の念を込め、ひたすらに見つめ続ける若き薬師見習いの【腥】が、この儀式の間にいたことに遅まきながらも気付いたのだった。

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