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第70話

* 【天寿之儀】は最初の行程である祝詞を終え、次の行程に進む。 王族は月桜の国を代々見守ってきたと崇められている神が好む【御神酒】を飲み干し、更には【御神食】と呼ばれるものを食べる。 【御神食】は決して豪華なものではなく、下手すると守子達の食事よりも質素なものだ。 ばっと見たところ、数匹の小魚と緑色の野菜で作られたお浸しのようだが、その正体は分からない。 王族の中の誰もが、真面目な顔をしてそれらを食し終えると、遂に【天寿之儀】は佳境に入る。 介添え人である守子――つまりは希閃の代わりとして参加を許可された煌鬼が王族の人数分の小刀を運び、衣の裾をめくり腕を曝す彼らにそれを軽く突き刺す。 元はといえば、世純が行うべき役目を煌鬼が代わりに行っていることに胸が痛む。だが、重要な役目を任されたのだから胸を痛めている場合ではなく気を引き締めて行うべきだと思い直した。 最初は、第三王子である【無子】からだ____。 (この透明な液体に彼らの血を垂らし、透明なままならαの優等種であり異常はない____つまり、第三王子である彼の場合は濁れば異常がない訳か……何だか、複雑な気分だ) この《天寿之儀》は年に数回行うわけではなく、年が開ける度に執り行われてきた。つまり、第三王子はその度に己が他の王族とは違って劣等種のΩだという残酷な現実を突き付けられてきたということだ。 彼は、幾度となく傷ついたのだろう____。 まるで、針山に座っているかのような苦行を思うと煌鬼は彼に同情せずにいられない。 無意識のうちに哀れな視線を【無子】へと向けていたが、そんなことをしているうちに《天寿之儀》によって導き出された答えは何時の間にか出ていた。 「私の体内に宿るのは去年と同じ乙の種――いわゆるΩにてございます」 結果が変わろうが変わるまいが、導き出された答えを声高々に皆の前で宣言するのだから、よけいに哀れだと感じてしまう。 だが、いくら他の王族らから疎まあ(まれ、更には雨を降らすための生け贄である末子に対してとはいえ、そのように思ってしまうこと自体が【無子】に対する侮蔑に当たると気がついた煌鬼は伏し目がちになりつつ気まずそうに視線を宣言し終えた彼の方へ動かした。 しかしながら、煌鬼の予想に反して彼の目には《光》が宿っていた。 それは、かつて泣きそうになりながら今の己と同じように伏し目がちに周りを気にしていたのとは真逆な様相だ。 隠そうともせず当然の如く侮蔑の目線を送る他の王族(一部のだが)の厭らしい態度を気にしている素振りすらない。 (出会ったばかりの彼とは――まるで別人のように変わっている……いったい、彼の身に何か____) 起きたのだろうか――などと訝しく思っていると、次は第一王子である【天子】の番になり緊張している素振りもなく上衣の裾をゆるりと巻き上げると、毛など生えていない陶器のように白く滑らかな手を伸ばして皆の方へ伸ばすと針の先を突き立てる。 石榴のように真っ赤な血がつう、と流れていき白く美しい腕を汚したが、妙に妖艶さを感じた煌鬼は痛々しいという些細な感情などどこかへ捨て去り【天子】の腕から目を離せずにいた。 それは周りの守子達も同じようだったが、中には、そのあまりの妖艶さから卑猥じみ、ぎらぎらとした熱のこもった目で厭らしく【天子】を見つめる者もいることに煌鬼は気付いて不快になった。 しかしながら、当の【天子】はおそらくそれに気付いているにも関わらず眉ひとつ動かさず《月桜》という国の第一王子に相応しい威風堂々とした様を保っている。 「余の体内に宿るのは去年と同じ甲の種――いわゆるαである」 神聖なる儀式の後に続く【天子】の宣言は、卑猥かつ下衆な考えを腹の内に宿している一部の守子達を有無なく振り払うといわんばかりに力強く熱のこもったものなのだった。

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