71 / 122
第71話
こうして、第一王子と第三王子――そして他の王族達による《天寿之儀》における血の宣言は終わった。
しかしながら、まだやらなければならないことが残っている。
第二王子である【賢子】による血の宣言だ。
この《天寿之儀》に例外的に参加する煌鬼は詳しい儀式の手順までは知らされていなかったのだ。
だが、煌鬼は第二王子である【賢子】が一番最後に血の宣言をするのは、それこそ異例の事態なのだと察した。
それというのも『常に堂々とあるべし』という信念を幼い頃からの教育によって徹底的に叩き込まれている王族に限って、動揺を顔に出したりはしていないが周りの守子達は明らかに動揺を隠せていないのが分かる。
ある者などは、露骨に顔をしかめつつ怪訝そうな目付きで第二王子である【賢子】に視線を向けているのだ。
おそらく、そんな異様な空気を察しているとはいえ気高き第二王子は悲しみや不安など面に出したりはせずに飄々としながら皆の前へと進み出る。
そして、皆にこう告げるのだ。
「誠に、失礼致しました。実は昨夜から体調が優れておらず、このような処遇をもって天寿之儀を進めるという旨を父王から昨夜のうちに許可して頂いておりました。事前に皆様にお伝えせず申し訳ありません。体調も回復した故に、これから血の宣言をさせていただきます」
そう告げた【賢子】の目には、確かに隈ができており、昨夜は安眠できなかったことが想像できる。
(もしや、賢子様には何か心配事があるのだろうか……全くもって私は不甲斐ない____)
第一王子や第三王子と比べると、《専属守子》という公務柄、割と身近で接してきた【賢子】の異変に今の今まで気付けなかったという罪悪感が煌鬼に襲いかかる。
しかしながら、そんな煌鬼の心情などお構い無しに《天寿之儀》は淡々と進んでゆく。
「う……っ____!?」
滅多に動揺を表すことのない、第二王子の顔が突如として歪んだ。
針を深く突き付け過ぎたせいか【賢子】の腕を伝っていき、まるで熟れた石榴の実のような血の雫がぽたりと零れ落ちていき、儀式の為に替えたばかりである新品の畳の一部を不本意ながらも汚してしまう。
もちろん、わざとなどではない。
しかしながら、煌鬼はそれを目にした途端に何ともいえぬ不安と胸騒ぎを感じてしまう。
それは【賢子】が懇意にしている薬師見習いの腥が、殊更に彼の様を見て不安げな目線を向けているのに気付いたせいだからなのかは分からないが、例えそうだとしても、この国にとって重要な儀式を途中で制止する訳にはいかないのだ。
「わ……私の____た、体内に宿るのは……宿る……のは……」
【賢子】の顔は、まるで異国にある彫刻のように血の気が引き、更には声が震えてしどろもどろとなっていく。
今にも、卒倒してしまうのではないかという程に普段は冷静な彼の様は明らかに動揺しきっているのが分かる。
そして、追い討ちをかけるかのように部屋には周りにいる守子達のざわめき声が聞こえてくるのだ。
彼の血が垂らされた液体は、無色ではなく曇天のような灰色と化している。
それがまた、今の彼の心情を表しているかのようで皮肉に感じてしまう。
「わ、私の体内に宿るのは乙の種___い、いわゆる……いわゆる……Ωにて――」
真っ青になりつつ今にも大粒の涙が零れてきそうになるくらいに、深い悲しみを必死でこらえながらも何とか王族の誇りにかけて《血の宣言》を終わらせようとしてくる【賢子】の顔に向かって、容赦なくある物が飛んでくる。
それは無情にも、真横に逸れたりはせずに深い悲しみと絶望に襲われる【賢子】の額に当たり、畳の上に落ちた。
第一王子の【天子】が手にしていた鉄製の扇子を実の兄へ向かって投げつけたのを王族の中の誰ひとりとして眉ひとつ動かさずに無言のままじいっと見届けているのみで抗議すらしない。
その驚くべき光景を目の当たりにして、愚かなことに煌鬼はのろのろと立ち上がり【賢子】の前に両腕を広げながら立ち塞がる。
むろん、これ以上【天子】が【賢子】を傷つけぬように庇うためだ。
「煌鬼よ……兄の皮を被ったこやつと同じく汚れた血を体内に宿す白守子風情よ――余の愉しみを邪魔するでない____今すぐに此処から、どけ」
何の感情も込められていない、まるで今までとは別人のように冷たい言葉の雨が【天子】の口から降り注ぐ。
ともだちにシェアしよう!