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第72話

「貴様は、もはや王族ですらない……今すぐにこの場から立ち退け。それが、この《天寿之儀》で爪弾きにされた元王族へのしきたり――さて、ここで余からの質問じゃ。この罪深き者の処分は如何する?」 【賢子】は、ただひたすらに歯を食い縛り実の兄である【天子】による仕打ちを堪えている。 今まで、煌鬼は二人のことを仲が良い兄弟と思っていた。 次期王位後継者である【天子】と【天子】が急に没したという万が一のことがあった場合の補欠として次期王位後継者候補である【賢子】という立場上の違いから、多少の溝はあるものの、それを考慮してたとしても、少なくとも口もきかぬ程に仲が悪いという訳ではなかったし、特に【賢子】は【天子】のことをとても気遣っていた。 そうだというのに、正に今――【賢子】を見つめる【天子】の目には何の感情も込もっていないように見えてしまう。 まるで、血を分けた実の兄弟なのが嘘だったかのように。 周りの者は息を呑んで、この状況を見守ってはいたが流石に【天子】から問われれば無言のままという訳にはいかないと瞬時にして悟ったせいか、ある一人の守子が重々しく口を開く。 「ま、誠におそれながら元王族であられた賢子という者は……彼方にいる卑しき薬師見習いと懇意の仲であられた模様。察するに、この二人は、かつてより密通し、とある計画を練り上げただけではなく、その計画を今日実行したのではないかと____」 その守子の言葉は【天子】による問い掛けに対する返答の内容というよりも【賢子】や薬師見習いの腥への侮蔑の言葉として聞こえてしまったため、煌鬼は忌々しげに眉をひそめた。 「成る程……。して、お主のいう計画とやらはどのようなことなのだ?もしも、その計画とやらに一定の信憑性があるのならば、余はお主の発言を考えたうえで、そして皆の発言を考慮したうえでこの者らに対しての処罰を申すとしよう」 「何という有り難き幸せ。私の申す、ある計画とは、いわゆる駆け落ちをし王宮と完全に決別するべく意図的にこの中に《甲種》から《乙種》に変化する邪薬を仕込んでいたのではないか――というものでございます。薬師見習いとはいえ、薬に関する知識は我々よりも遥かに高い。ゆえに、異国にはそのような邪薬が存在することも知っているし、ましてや手に入れるのみならず、この場でそれを実行することも可能にございます」 その守子が発言し終えた直後、煌鬼はあることに気付いてしまった。 他の王族は、杯の中にある透明な液体を完全には飲み干していないにも関わらず、ただ一人【賢子】のみが飲み干してしまっている。 それすなわち、守子の発言を拒絶するべく必要な《証拠》を完全に失ってしまったということだ。 これでは、いくら【賢子】が「この杯の中にある液体は邪薬などではない」と反論したところで証拠がないのだから堂々巡りとなってしまい時間ばかりが無駄に過ぎてゆくのが目に見えていた。 そして、それは張本人である【賢子】と【薬師見習いの腥】でさえも、察せたに違いない。 だからこそ、二人は何も言わずに唇を噛みしめ――今のこの拷問のような状況をひたすら耐えることしかできないのだ。 「て……天子様の――申す通りでございます。私は、この薬師見習いの腥と共謀し……駆け落ちをするべく意図的に――」 【賢子】の声は、震えている。 王族の中で、誰よりも親族思いで兄を気遣っていた彼がそのような無礼な行為などする筈がないと分かっている。 立場の違いという分厚い壁が煌鬼の前に立ちはだかり、それは容易には退いてはくれない。 (何と、自分は無力なのか____) 「こうなっては議論のしようがない。賢子よ、お主の口から真実を聞きたいのだ。お主は……真実のみを告げるがいい。それを、我は拒みはせぬ」 現王である【珀王】が黙っている【賢子】へ向けて、まるで幼子を諭すかのように声をかける。 その声色は、決して怒りを抱いているというものではなく、一国の王としてというよりは寧ろ街に住む平民のように極普通の父として発言しているように思えた。 「…………」 その珀王の態度が逆に辛いのか、はたまた心の底から愛しく思っているであろう腥の薬師見習いとしての威厳を守るためなのか【賢子】は頑なに口を閉ざしたままだ。 「私が____っ…………」 しん、と静まりかえる室内に凛と響く腥の声。 「私が邪薬と呼ばれるものを異国にて取り寄せ、この杯に入れておきました。ですが、賢子様には罪はございません――ただ、私の想いを……受け入れてくれただけでございます。どうか、罰は私のみに……っ____」 * 腥の必死な思いを聞き入れることなく、その後すぐに【天子】を筆頭に他の王族らによって二人は室内から強引に追い出されてしまった。 【天子】はその直後に「余は心身ともに疲れた。天寿之儀はこれにて終いじゃ」と言い、その場にて身を横たわらせて固く目を閉じてしまったため、煌鬼は【賢子】も【腥】もいなくなったにも関わらず後ろ髪を引かれる思いで室内を出ていくしかないのだった。 むろん、他の守子達も蟻の行列のようにぞろぞろと室内から出て行く。 中には、賢子と腥の今後について下劣な話を口にする者もいる。 その事に対してどんなに深い怒りと歯痒さを感じようが、明日には二人のの処罰が決まるということは一介の守子でしかない煌鬼には決められないし、ましてやその結果を変えることはできないし、どんなに理不尽な結果になろうともそれを受け入れるしかないのだ。

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