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第73話

* 結果的にいえば、つい先日までは第二王子だった【賢子】と薬師見習いの腥は拷問にかけられはしたものの命までは奪われはしなかった。 しかしながら、彼らは二度と月桜の地を踏むことはない。 二人に与えられた罰とは《月桜からの永久追放》――そして、人が生きてゆく中で最も過酷な島と平民や王族にまで周知されている《卑虜島》という所へ共に流されるという《流刑》である。 例え、親や子――親しい友といった身内に何らかの不幸があり葬式を執り行う時でさえも、二人は二度とこの月桜の土を踏むことはできないのだ。 何という残酷な、受け取りようによっては死よりも辛き罰なのだろうか――。 煌鬼は縄に繋がれ処罰人によって乱暴に引き連れられる二人を見つめることしかできないまま必死で涙を堪えた。 半ば冤罪ともいえるというのに、身分の低い煌鬼には為す術がない。 その時だ____。 煌鬼は、かつて王族だったのが嘘かのような襤褸を纏った【賢子】と目が合った。重すぎる心労のせいか髪の毛は艶やかさを失い、あろうことか海に沈む若布のように黒かったそれは曇天の如き灰色へと一夜のうちに変色してしまっていた。 「あのように美しい髪を保ちたい」と、周りの者が羨んでいた【賢子】の髪は、まるで彼の心を見透かすかのように生気を失ってしまい尚且つ水気までも失ったことで乾燥しきってぱさぱさになってしまっているのだ。 「賢子様……どうか健康にはお気をつけ下さいませ。あなた方が、この地を踏むことは二度と赦されませんが……その逆は別。この騒ぎが落ち着きましたら必ず会いにいきます。何も、何も……出来ない無力な付き人で誠に申し訳ありませんでした。今まで、有り難うございました」 煌鬼はせめて二人を見送りたいと他の王族へ必死になって懇願し、ようやくたどり着けた船着き場にて吹く潮風をその身に浴びながら土下座をしつつ二人へと別れの挨拶をした。 煌鬼の他に、王宮の者は誰も二人を見送ろうとはしない。せいぜい、二人が逃げ出したりしないように三人の警護人がいるだけだ。 血の繋がりのある親も、兄弟である筈の【珀王】も【天子】【無子】も、元王族であり今は平民という立場にまで堕ちた【賢子】を見送りはしない。古い、古いしきたりのせいだ。 「お、お待ちください……兄様!!」 「……っ____!?」 落胆していた煌鬼や二人の耳に、聞き慣れた声が聞こえてきた。 古いしきたりのせいで二人を見送ってはならないと釘をさされている筈の【無子】が息をきらして、そこに立っていた。飴玉のように大きな両目は止めどなく溢れてくる涙のせいで歪んで見える。嗚咽しているせいで声も震えてしまっていて最初は何と言っているのかさえよく分からなかった。 「お、お二人がしたことは……決して間違ってなんかいません……っ……互いに恋慕していく中で、相手を思いやることの何が間違っているのですか!?何故に悪いことをしていない……お二人が……っ……皆にとって爪弾き者である私に優しく接してくれた……お二人が……っ……理不尽な罰を……っ____」 【無子】が泣きじゃくりつつ、そこまで言った所で【賢子】が顔をくしゃくしゃに歪ませつつ必死で涙をこらえながら駆け寄ってきて末子の弟を庇うように固く抱き締める。 【無子】は兄から口元を抑えられ、とても苦しそうだ。 だが、【賢子】の行動でこれ以上何も言わない方が懸命なのだろうと悟ったに違いない。 兄から解放された【無子】は二人との別れを悲しむせいで変わらずに泣いてはいたものの、その後は無言だった。 そして、【賢子】は最後に血の繋がった弟を真っ直ぐに見据えて儚げに微笑むと、腥と共に質素な船に乗り込む。 やがて、船はどんどんと遠ざかっていき、二人の姿は徐々にとはいえ暫くすると煌鬼と無子の目から完全に見えなくなってしまうのだった。

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