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第98話

* 逆ノ口鉱山____。 向かうべき場所が明らかとなったのは、煌鬼にとって限りなく幸いなことではある。 しかしながら、やはり拭いきれない不安も心の奥底に存在することは確かだ。 あれから、自らの寝所へと戻った途端に英気を養うべく床へついたのだが、暫く経っても一向に眠りにつくことができないでいた。 (逆ノ口鉱山____名前すら聞いたことがないが、かつて逆ノ目郭という、数多の人の心を狂わせ、炎によって消滅したという曰く付きの場所に呼び名が似ている気がする――それが妙に気にかかる……もしや、二つの場所は何かしら縁があるのだろうか…………) どうせ眠りになどつけぬのだから、と布団から這いずり出てきた煌鬼は棚の奥に隠してあった紙を引っぱりだすと再び手掛かりの文字が浮かび上がっている紙面をじっと見つめる。 (おそらく舟での旅路となるだろうが、今まで貯めてきた給金で足りるだろうか――それに、何よりも俺は自分の身は元より、共に行くことになった允琥の身をも守らなくてはならない……こんなことは初めての経験ゆえ率直に言えば不安でしかない____だが、ここで逃げだすのは今の俺にとって命を捨てるも同然だ…………) ここにきて、ようやく瞼が重くなり、徐々にうつらうつらし始める。 先程から待ち望んでいた眠気に襲われた煌鬼は力を振り絞り、重要な手掛かりとなる紙を全て荷物入れの布袋の中へ丁寧に詰め込むと、再び這いずるように布団へ戻ると眠りの世界へ誘われるのだった。 ◇ ◇ ◇ 翌日のこと____。 「____して、何故に……このような愚かな真似をしたというのか?余が周りの者らに聞く限り、そなたらは互いに勤勉かつ真面目に日々の公務をこなしていたと聞くが……それは余の見る目が誤っていたということで良いか?」 怒りと戸惑いを極力抑えてある現王の低い声色と、王宮の内殿である広場の両脇にずらりと頭を少し下げかしこまった状態で控えている数多の守子達の好奇と侮蔑の視線が針の如く突き刺さってくる。 今、煌鬼と允琥は背中に両腕を縛られた状態で隣合わせとなり、互いに罪人服を着させられ、現王である珀王の前に屈強な警護人を介して土下座に近しい状態で有無を言わさずに突き出されている最中だ。 王宮に何やら、ただならぬ邪気が漂い――更には、ほとんどの守子達の正気が失われている最中で迂闊なことは言うまいと煌鬼は頑なに口を閉ざす。 (以前王の前にて罪を問われた時とは明らかに様子が違っている……あの時も守子達から散々好奇の目で見られていたものの、奴らには少なからず人間らしさが感じ取れていたというのに……) 数多いる守子達の、感情すら微塵も感じられない死んだ魚のような空虚な瞳____。 これならば、まだ――かつて侮蔑の表情を向けられていた頃の方が遥かに良いとさえ感じられるような、得たいの知れない不気味さを感じて煌鬼は思わず守子達の奇怪な視線から目を逸らしてしまう。 (今の奴らは、好奇の目を向けてはいるものの、まるで何者かから操られているだけの人形のようだ……しかも____) あろうことか、よりによって正に今――煌鬼と允琥を地にひれ伏させるべく捕らえているのは、周りの守子達と同様正気を失ってしまい硝子玉のように感情が籠らない冷たい瞳を向けてくる朱戒なのだ。 「珀王様……誠に無礼をお許し下さい。いささか言及したいことがあるのですが――宜しいでしょうか?」 警護人である朱戒から唐突に話しかけられ、そんなことなど予想していなかったであろう珀王が僅かながら驚きの表情を浮かべる。 それから少しの間、辺りに張りつめた空気が流れ静寂が訪れたものの、暫くすると珀王は朱戒の顔を真っ直ぐに見据えつつ無言で頷く。 「……よい、申してみよ」 「では、恐れながら申し上げます。この者らは卑しき盗人の身であり、いかに牢屋入にするといえどもこの王宮に身を置き続けるのは如何なものかと思われます。故に流刑が妥当な処罰ではないかと。その流刑先ですが……とっておきの場があると私は考えております。その場所とは古より王宮で盗の罪人を送り続けてきたという《逆ノ口鉱山》でございます。愚かなる盗の罪を犯した、この者らには、適材適所かと____」 「ふむ、なるほど――確かにこの者の主張は理にかなっている。では、この二名の罪人には一年の流刑を命じるとしよう。王宮に代々伝わっている《逆ノ口鉱山》なる過酷な処場にて、頭を冷やすとよい。以上、これにて御前会議は終いとする」 珀王は何事かを考えあぐねるような素振りを見せていたものの朱戒の言葉が発せられ暫く経ってから、右側へと少し傾けていた頭を上げると最終的に王宮の主である珀王は煌鬼と允琥へ命じたのだった。

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