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第99話
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あれから、煌鬼と允琥は共に王宮から(一時的にとはいえ)追放されてしまった。
むろん、そうなるように仕組んだのは煌鬼なのだから後悔などは有りはしない。
だが、それでも今まで暮らしていた住み家から離れるのはとてつもなく心細いと感じてしまう。
更にいえば、代々から卑しさを象徴する《小豆色》の罪衣に着替えさせられた後に、最低限の食料と護身用の小刀が詰め込まれた布袋を乱雑に渡されたのみで、門に立つ警護人――あろうことか正気が失われ他の守子達同様に人形のようになってしまった朱戒によって一言二言形式的な言葉を交わす。
心の片隅に寂しさが残ってしまっているせいで門の方を振り返る。
しかしながら、朱戒は此方へ見向きもせずに視線すら交わしてくれなかったのだ。
何よりも、そのことが心に深く突き刺さるが引き返す訳にはいかないと未練を絶ちきると、後ろ髪を引かれる思いで允琥と共に船着き場へと向かって歩いていくのだった。
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「ああ、なんやぁ……おめえさんらは他ん奴らと、ちごうて随分とまあ小綺麗な格好しているんやな。ほれ、ぼさっとしとらんと……はよ、乗れ。そうでねえと、おら達が……坊様らに怒られてしまうやき――。そんなんは、ご免なんや」
「あ、あの____この船は……逆ノ口鉱山行のもので間違いないのですか?」
煌鬼は、見るからにやる気の無さそうな船頭へ王宮から追放される前に事前に手渡されていた通航手形を二枚渡すと念のために尋ねてみる。
「そりゃ、そうやきな。まあ、そうはゆうても厳密には逆ノ口鉱山へ直接行くわけやないんやけどな。この船は逆ノ口鉱山を領地とする、両家の坊様らの住む麻華ヶ島に向かうんや……おめえさんら、これが乗ったが最後――地獄やけ覚悟しとくんやな」
麻華ヶ島という島の名前も聞いたことがないし、ましてや逆ノ口鉱山の詳細など碌に知識すらない煌鬼____。
むろん、それは隣にいて怯えている允琥とて変わりはない。
更には船に座り込んでいるせいで斜め下から此方を覗き込むようにしていて、尚且つ口元を歪め厭らしく笑う船頭の言葉を耳にして煌鬼も允琥も鳥肌がたってしまう。
そうとはいえ未知の世界に足を踏み込むのだから、いくら覚悟があった上で自らの意思に従って行動したとはいえ恐ろしいという気持ちは二人共にあった。
しかしながら、ほぼ同時に感じた恐怖という感情は、それだけではない。おそらく、隣にいる允琥とて似たように思っているのだろうと煌鬼は察する。
『ここにいる罪人共らがどんな酷い目にあおうと――おらには、関係ねえ』
『おらは金さえもらえりゃいいんやき』
そう言いたげな、どす黒い負の感情がこの船頭の表情から滲み出ているのを感じて鳥肌がたってしまったのだ。
確かに、王宮にいた頃でも周りの守子達から他人に対して侮蔑をあらわにしたり嫉妬心を抱くといった嫌な空気を感じてはいたのだが、それよりも遥かに邪悪だと感じざるを得ないように思えた。
それを訝しげに思いながらも、とりあえず煌鬼と允琥は木舟に乗り込む。
そして、木舟が出航した矢先のこと____。
ふと、すぐ横に肩で息をしつつ、ぐったりと横たわって明らかに弱りきっているであろう人物がいることに気が付いた。
(今なら、まだ……船着き場に戻ることは可能だろう____)
いくら碌に交流のない見知らぬ人物といえども、明らかに弱りきっていると知っておきながら、このまま放置するのも如何なものかと思ったのだ。
そのため、船頭へ声をかけてみることにした。
「船頭よ、迷惑をかけるというのは分かっている。それに、舟賃は別として払う。だから、一度船着き場まで戻れないだろうか……ここに弱りきっている人がいる……どうしても降ろしてやりたいのだ」
煌鬼は、流石に船頭へ迷惑をかけているのを承知の上で遠慮がちに声をかけるのだった。
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