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第103話

____歌声だ。 全身にまとわりついてくる湿気に満ち、更には辺り一帯が常に陰気な気配に包まれている、この【逆ノ口鉱山 の四合目(朽ちかけつつある石碑に彫られてた】に到着した後に微かに聞こえてくる童子が発しているであろう歌声____。 まだ、声変わりしていないのか――鈴のような美しい音であるため、煌鬼はついつい聞き惚れてしまう。 いくら身も心も疲れ果てている煌鬼とはいえ、今いる場所から少し離れた方向から聞こえてくる歌声に好奇心が疼く。 しかしながら、きょろきょろと辺りを見渡してみても他の者達は、それが聞こえているのかいないのか――誰一人として、謎の歌声に興味をそそられているような素振りすら見せてはいない。 むしろ、監視守の男から「一旦休息をとれ」と命じられ、そのことに安堵している罪人達ばかりに思えてならない。 だが、煌鬼は訝しく思っていた。 それは、罪人達の様ではなく――むしろ二人の監視守達の様子だ。 明らかに、罪人らに休息を命じた二人の男は、この謎の歌声に気付いている。咄嗟に思いついたかのように罪人らに休息を命じたのもそうだったし、何よりも彼らの表情がそれを物語っている。 歌声が聞こえた途端に、そわそわと周りを見渡し――更には、額に冷や汗まで浮かんでいるのが見てとれる。 (いったい何なんだ……この歌声が――監視守と呼ばれてる男達にとって……何か脅威をもたらすとでもいうのか……) そんなことを悶々と考え込んでいる内に、ふと歌声が――ぴたり、と止まったことに気がついた。 そして____、 「ひ……っ……ひいぃ____っ……」 まるで、後ろから唐突に首を締め付けられ時のような――そんな声にならない悲鳴をあげる監視守の男達の様子に気がついた。 そのため、監視守のうちの一人の凄まじい悲鳴が聞こえてきた方向へ慌てて目線をやった時には、既に先程の歌声の主であろう男童子が一人――その場に立っていて興味深そうな目で此方を穴が開くくらいに見つめていたため一気に気まずい雰囲気が辺り一帯を包むのだった。 真っ黒で尚且つ、しっかりと揃ったおかっぱ頭____。 正面に立っている煌鬼から見て右側の耳上らへんには見たことのない黄色の花飾りがついている。 それに赤地に緑の縞模様の女物の着物を身に着けている。 「……っ…………ら、られ……?」 歌声の主の口から飛び出してきたのは、予想もしない舌足らずな喋り方。 煌鬼がかつて希閃と共に暮らしてきた村でも舌足らずな喋り方をする童子はそれなりにいたものの、目の前に立っている男童子の見た目とは明らかにそぐわない。 監視守の男達は、互いに視線を合わせると、そのまま聞こえるか聞こえないか微妙な声色で囁き合う。と 体力を使い果たし、ほとんどの罪人達は休息を優先させると思ったに違いない。自分達の会話など気にかける罪人などいないに決まってると互いに推測し、恐らくは油断したと思われた。 しかしながら、煌鬼はどうしても目の前に立っている男童の存在が気にかかった。 誰が見ても、陰気で嫌な空気が四六時中纏わりつくような【逆ノ口鉱山】には、そぐわず美しい鈴の音のような歌声を発しながら山道をふらふらと歩いている謎の存在だからこそ____とてつもない違和感を覚えたのだ。 『さ……っ…………早乙目の次期足首候補の次男坊さんが!?な、なして……こんげ所さ……っ____』 『し……っ____しぃ……っ……落ち着きや。甲ヶ耳の頭首である坊様よりかは、まだ平気やがね。むしろ、運がいいっちゅうことやんか。もしも、あの甲ヶ耳の坊様らと出会っていたとしたら――ああ、考えるだけで恐ろしか____』 (甲ヶ耳……早乙目____そういえば此処に着く前に船頭の若い男も訳が分からない言葉を口走っていたような……確か、外法様――とか何とか、だったか____もしや、何かしらの関係でもあるのだろうか……この二人の怯え様が、あの時と――とてもよく似ている) むろん、監視守の男達は周りに決して聞こえないように細心の注意を払っていたに違いない。 だが、王宮にいた頃から《地獄耳》と周りの守子達から疎まれていた煌鬼には通用しない。 とはいえ、今ここで【外法様と呼ばれていた得体の知れない存在】や【目の前にいる歌声の主の童子】のことを監視守の男達に尋ねる気など毛頭もない。 そんなことをしても無駄だと何となく悟っていた煌鬼は再び【早乙目の坊さん】と呼ばれていた得体の知れぬ男童の方へ目を向ける。 すると、それから少しして――男童の背後にある木が大きく揺れたことに気がつき、尚且つひょっこりと別の男が出てこようとしていることに気がつくのだった。

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