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第104話
「おや……またしても、このような場所にいたのですか?」
後から此方の目の前に現れた男が声をかけたのは、むろん罪人でしかない我々と、その群集を連れ歩いている監視守に過ぎない者らに対してではない。
己よりも先に我々の前に姿を現した素晴らしき歌声の持ち主である【女のような背格好をしている弟】とやらに声をかけたのだ。
更に、弟に対して丁寧な物腰かつ優雅な素振りを崩さない男の小言は続いていく。
「おまえを、甲家頭首が探しておりましたよ。大方、明後日に催される《御婢路目の儀》のことで我々に話があるのでしょう。まったく、大目玉をくらうと分かっているのに頼人ときたら……屋敷を出てふらふらと散歩していてばかり。ましてや、このように暗くなりかけている時刻というのに、こんなにも深く私を心配させるなど……弟ながら、何と情けない」
「あ……っ……あにしゃま……こそ――きょうは……だいじら――おしごとが……あ、あったのでは……?」
やはり、弟らしき歌声の主は舌足らずな話し方だ。もしかしたら何事か特殊な理由があり、我々よりも上手く言葉が話せないのかもしれない。
出会いは偶然、それも此方は罪人の立場にあるという極めて異様な立場であるにも関わらず、この兄弟――特に後から姿を見せた兄の方は世間から冷たい態度をとられるのが当たり前とされている我々に対しても穏やかな態度を崩さない。
しかも、あろうことか――どう考えてみても罪人という下である立場の我々に対して、ぺこりとおじぎまでしてきたものだから、煌鬼はどことなく気まずさを抱きつつも内心では魂を揺さぶられてしまう。
(この男は才のある人格者に違いない____俺と允琥は盗みの罪など実際に犯してはいないが……そんな事情など知る筈もなく罪人だと思っている此方に対して、石を投げつけるのではなく笑みを向けるなど、普通の感覚では考えすら及ばないだろう____この男はいったい…………)
____と、煌鬼が感心したせいで無意識のうちに目線が舌足らずな男童子の兄らしき男の方へと集中しているばかりか、あろうことか見惚れてしまっていた最中のことだ。
ふいに、今度は山の中のある異変に気がついた。
少し離れた場所から、今まで聞いたことのないような何か奇妙な音が聞こえてきたのだ。
更に、先程とは違って今度ばかりは煌鬼だけではなく周りの罪人達も異変にいち早く気付いたためか、皆が皆――不可解な音のする方向へと目をかっと見開き小刻みに体を震わせつつ目線を向ける。
ある罪人などは、体を震わせるばかりか歯までかちかちと鳴らして一心不乱に奇妙な音のする方向を凝視している。
きり___
きり、きり……っ______
____と、ふいに奇妙な音が止まる。
それから少しして、白い肌におかっぱ頭という姿形の小ぶりな人形が一体、煌鬼達の目の前に現れて動きを止めるのだった。
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