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第106話

「……っ…………!?」 あまりにも突然のことに、呆気にとられてしまう煌鬼。そして、それは隣にいる允琥にもいえることだ。 (この童子が悪しきことをしたというわけでもないのに、何という非情なことを____) 自分が水をかけられたというわけではないにも関わらず、次第に憤りを感じて、つい眉間に皺を寄せてしまう。 それというのも煌鬼が幼い頃____いや、正確にいえば王宮に来たばかりの頃だが、今と似たような事があったからだ。 第二の住みかともいえる王宮の支配者である王族達に十数年仕えてきた実績のある今とは違って、異国――更にはどちらかというと貧しい村の出身だった幼い頃の煌鬼は王宮でのしきたりを前もって教えてくれていた世純に引き連れられ、王族の住まう殿の広場へと足を踏み入れた。 その時、周りの守子達によって幼い頃の煌鬼が受けた仕打ちは容赦などまるでない悲惨といえる行為だった。 とはいえ、その時は今のように冷水ではなく泥をかけられたのだが、受けた者が感じる耐え難い苦痛と恥辱は今起こったことと全く変わりないといってもいい筈だ。 煌鬼はこの場には姿を見せてはいない何者かから受けた非道な仕打ちによって、酷く傷ついているであろう美しい歌声を持つ男童子を憐れみ、多少気まずさを抱きつつも再度視線を向けてみた。 しかしながら、美しい鈴のような声を持つ男童は凄まじい苦痛のせいで表情を歪めるでもなく、ましてや幼い頃の煌鬼のように沸々と心の内から沸き上がってくる怒りを我慢できずに汚ならしい言葉を仕掛けてきた者に吐き捨てる訳でもなかった。 相も変わらず、たどたどしい調子で――しかし周りの者を魅了する美しい声で歌を口ずさんでいるのだ。 しかも、その表情には苦痛や屈辱といった歪んだ感情など一切浮かんでいないように思え、煌鬼は思わず男童子の顔を凝視してしまう。 「何故、そのように純粋な顔をしていられるのだ!?このような……むごい仕打ちを受けたというのに……何故……っ____」 隣にいる允琥が両の目を見開き、あからさまに驚きをあらわにしつつ、怪訝そうに此方を見つめてきたことに気付いたが、それにも関わらず相も変わらずに無垢な笑みを向けて首を傾げる男童子から目を離すことはできなかった。 とどのつまり煌鬼は、かつての自身の醜い過去の記憶と今しがた出会ったばかりである男童子の辛い境遇とを無意識のうちに重ねてしまい【同情】してしまっているのだ。 (こんな……こんなこと____あり得ない……何故に会ったばかりの、ましてや全くといっていいくらい関わりのない童子にこのような感情を抱いているのだ____) ふと我にかえり、今までの己の行為に疑問を抱いた。何を今まで碌に接して来なかった童子に対して――しかも己は偽りといえども罪人の立場だというのに、こうも向きになって叫びに近い口調で訴えかけたのかと思い直すと何も言うことなく拳を握りしめる。 多少の冷静さを取り戻した煌鬼だったが、必然的に先程の童子に対しての言動を思い出してしまうと、その途端に途徹もない羞恥心と後悔の念に襲われ周囲の者に謝罪の言葉をかけようと口を開いた直後のことだ。 「す……っ……すま____」 謝罪の言葉を言い終える前に、何処からか――しかしながら然程離れてはいない場所から煌鬼の顔目掛けて小石が飛んできた。 隣にいる允琥が見た所によると、運よく頭や目のではなく頬に当たっただけであり、軽い傷で出血量も大したものではないと分かり安堵する。 しかしながら____、 「おや、まあ……そこんおりよる罪人ば、愚かなことをしたせいで一生償えんほどの罪を背負ったいうんに……その程度で済んだんかえ?まったく、神様ば不公平よなぁ……のう、罪人らよ?」 小石が飛んできた方向から、妙に甲高い声が聞こえて煌鬼達だけでなく佇んでいる周りの者全員がおそるおそる振り向くのだった。

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