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第109話
ふいに、目が覚めた。
慣れない場所にいるせいで允琥を巻き込んでしまったことや、異様な雰囲気に支配されかけている王宮に残してしまった朱戒達の安否の件とは別に環境が違うという分かりやすい精神的負担を背負っているせいで、中途半端な時刻で目が覚めてしまったのだろう。
辺りからは、他の罪人達の豪快ないびきや寝息が聞こえてきて、更に遠くの方から謎の鳥の鳴き声までもが聞こえてくるものの、未だに墨を塗ったくったかのような暗闇が広がっている。
日が昇る明け方まで、すやすやと眠りにつくことは難しいと悟った。
単に中途半端な時刻に目が覚めてしまったという理由もあるが、その他にも再び眠りにつくには、ある問題があり、そのことがただでさえ環境の違いによる負担がのし掛かる煌鬼を更に悩ませる。
誰かの手が、自分の体を執拗にまさぐっていることに気がついたのだ。
目が覚めた直後は、近くで寝ぼけている罪人の手が意図せずに当たってしまっているだけだろうだと思っていた。
しかしながら、暫く時間が経っても、誰かの手は離れようとせず、あろうことか上半身だけでなく下半身にまで移動してきたのだから流石に気色悪さを感じて慌てて身を捩り、その手から離れようと試みる。
『おい____身動きするなや。何なら、おめえの隣にいる、めんこい童子が代わりでもええんやで……それを、望んでるんか?』
その低い囁き声を聞いて、煌鬼は抵抗ともとれる身の捩る動作をすぐに止めて、ひたすら地蔵の如く時が過ぎるのを待ち続けた。
やがて、陽の光が微かに差し込んでくる時刻になって――ようやく左隣にいる名前さえ知らぬ罪人の男の手が離れていき、煌鬼は安堵する。
それとほぼ同時に、今まで寝息をたてて良く眠りについていた右隣にいる允琥が目を覚ます。目覚めた直後だったせいだ、暫く呆然としていた允琥だったが、伸びをした後に怪訝そうに煌鬼を見つめてくる。
「煌鬼よ、寝ている間に何かあったのか?まあ、これまでの疲れがとれていないのだろうが……顔が真っ青だぞ____」
一瞬、つい先程まで起きていた気色の笑い出来事を允琥に話すべきか迷った煌鬼だったが、結局は話さないという選択をして、胸の内に秘めておくことにした。
それというのも、下衆な行為をしてきた罪人の男のことを考えるよりも、目の前にいる允琥と過ごした一夜について思いを馳せることにしたからだ。
(先程の件のことは別にするとしても、このような異常時だというにも関わらず、こんなにも胸が暖かくなったのは久々だ____それどころか、王宮で過ごしてた時ですら感じたことはほとんどなかったというのに____)
そう思った途端に、今まで抱いていた行き場のない緊張感や不安感が一気に爆発してしまい、あろうことか他の罪人達や監視守の男らがいる場で涙が溢れ出てきてしまった。
止めよう、と思えば思う程にどんどんと涙が流れてきてしまい、あまりの不甲斐なさから俯いてしまう煌鬼。
允琥は急に煌鬼が涙した理由が分からず、おろおろとするばかりだったが、監視守の男達から針の如き鋭い目線を向けられていることに気がつくと慌てて大粒の涙を拭う。
「まったく……どちらかといえば他人に対して冷めた目付きばかり向けていた煌鬼らしくもない。だが、そんなお前も……悪くはない____とにかく、だ……これからまた険しい山を登るのだから、しゃんとしていろ……おいらを守ってくれるのだろう?」
環境の違いからくる凄まじい不安を抱いているのは、允琥とて同じか、もしかしたらそれよりも強いやも知れぬのに此方に釣られて泣くこともせず毅然とした態度で笑顔で向けてくる彼の強い様を見て煌鬼は目が覚めた。
「そうだな……お主の言う通りだ。皆を守るためにも――泣き言など漏らしてる場合ではない。俺は必ずや目的を果たしてみせる」
「うむ。それでこそ、おいらが信じた煌鬼だ……さあ、行くぞ」
心が軽くなったおかげで満面の笑みを浮かべながら、煌鬼は此方へ差出される允琥の片腕を掴み、再び逆ノ口鉱山の頂上を目掛けて他の罪人らと共に歩みを進めて行くのだった。
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