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第111話

* * * ______ ______ 所変わり、ここは立派な構えをしている屋敷の一室である。 中には、正座をしている青年が三人と鼻歌まじりに室内をふらふらとしている少年が一人。 それと一番中央に座りながら不機嫌だと言わんばかりに顔をしかめる一人の青年の傍らに畏まりつつ座る男が一人____。 「入れ」 何の感情も込められていない、まるで氷の如く冷たい声色で中央に座している男が襖の外へ向かって言い放つ。 すると、少しした後に襖がゆっくりと開き一人の少年が室内へ入ってくる。くりくりとした二重瞼の両目と右口角の下にほくろのある可愛らしい顔の魅力的な少年だ。 その少年は、部屋に入るなり中央に座している男の方へと真っ先に向かって行く。少年は頬を染めつつ恥ずかしそうに微笑みを浮かべて青年に寄り添ったが、青年の方はというと碌に彼を見ようともせずにすぐに目線を逸らしてしまう。 そんな中、中央に座している青年の傍らにいる男が淡々とした声色で話し始める。 「さて、雅殿が来た所で先程とはお話は変わりますがご了承下さい。甲ヶ耳頭主――巽様、何故に突如として……このような御決断をするに至ったのでこざいますか?もしや、昼間に屋敷を出て行った時に何事か起きたのでしょうか?」 傍らにいる付き人らしき男が、淡々と尋ねる。 その直後、顔をしかめていた中央に座している青年――つまり甲ヶ耳当主の【巽】が更に眉をひそめて不機嫌をあらわにしながら右手に持っている煙管を乱暴に煙管箱へと置く。 「詳しい理由など、部外者である貴様に話す必要などない。ただひとつ重要であり言えるのは、俺がこの雅との婚約を解消するということのみ____」 巽が感情の込められていない声色で潔く言い放った後に、つい先刻此処にやってきたばかりの雅という可愛らしい少年の大きな両目に見る見る内に涙が溜まり潤んでいく。 そして、それは余りにも悲しみに暮れているせいで徐々に嗚咽まじりとなっていき、広い部屋は雅という少年のさめざめとした泣き声で包まれてしまう。 「随分と不満な様子のようだが、今の説明でいったい何が足らないというのだ?」 目の前にいる可愛らしい顔立ちで愛嬌のある少年が傷付いているにも関わらず、碌に目線すら向けようともせず、まるで自分には関係ないと言わんばかりに冷たい声色で問いかける男へ真向かいに座る、もう一人の青年が遂に口を開く。 「巽の兄様――。されど、雅殿は甲ヶ耳頭主婚約者であり、このように重大なことを心の準備も出来ぬまま本来ならば夫となるべき貴方様に突如として教えられたのであります。そもそも雅殿は両家の人間ではない。貴重な外部から来られた方。それゆえに住み家を失い、これからは酷なことに路傍に佇むこととなります。取り乱されるのも、問題なきことと思いますが____」 もう一人の青年は、頭の中で慎重に言葉を選びながら巽へと自らが気になっていた事を冷静に述べる。 そのおかげか甲ヶ耳頭主であり権限のある巽の逆鱗に触れることはなく、幸いにも彼が手に持つ煙管を投げられることはなかったのだが、結局は自分の意見が言及されることもなく見事に無視されたことに対して思わず呆れてしまいうっかり小さく溜め息をついてしまう。 「いい加減にしなよ、要……お前はあくまで甲ヶ耳家の分家である早乙目家の頭主でしかないはず。まあ、そこにいる大して美しくもないくせに巽兄の婚約者を名乗ってる何処の馬の骨とも知らない雑草なんかと比べれば、天と地ほどに身分の違いがあるとはいえ――巽兄の素晴らしい対応に対して溜め息をつくなんて……いつから、そんなに偉くなったわけ?」 すると、今まで黙っていた見目麗しく派手な着物を身に纏っている青年が甲高い声色で、つい先程、甲ヶ耳頭主【巽】へと意見を述べた要という青年へ口元を歪めながら言葉の節々に意地の悪さを含みつつ愉快げに言い放つ。 「滅相もございませんよ、甲ヶ耳足主の静馬様――不躾な態度をとってしまい誠に申し訳ございませんでした。これ以降、早乙目頭主である私は口を慎みますゆえ……どうぞ、甲ヶ耳頭主と足主――そして雅殿の間で話し合いをして下さいませ」 早乙目家頭主である【要】は立場もあるゆえに、丁寧に土下座をした後に以降は口を出すことはなく沈黙を貫くという意思をあらわにした。 しかしながら、甲ヶ耳家足主である【静馬】はというと、そうもいかないといわんばかりに頭主である【巽】へと身を寄せて甘えながら、上目遣いで詳しい事情を教えてほしいという素振りを見せる。 「そこにいる雅よりも……更に、この里にいる誰よりも俺の心を掴む奴を見つけた____ただ、それだけのことだ」 「巽兄……やはり、どうしても僕では駄目なのですか?」 雅という少年よりも、遥かに見目麗しく誰もが振り返るような美青年と評判の静馬は何処となく自信ありげに問いかける。 「むろん、論外だ。そもそも、この地にはそういった風習は古からありはしない。静馬……お前はどうにも美し過ぎる。俺には、もったいない程だ____」 巽から、真っ向から否定されてしまい、静馬は童子のように唇を尖らせて不満をあらわにする。しかし、それと同時に尊敬しきっている巽から『美し過ぎる』と言われて満更でもない様子でもあった。 「巽兄……でも、そうだとすると新たな婚約者候補とは、どんな奴だというのです?」 その問いかけに、巽はにやりと笑みを浮かべる。 「聞いて、驚くな。他の地から送られた罪人共のうち、たった一人だけ俺が気にかけている奴がいる。俺の目に狂いはない。いずれ、奴をお前らの前に連れて来させる……むろん、俺の新たなる伴侶として____」 * * *

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