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第114話

「俺の名前は、煌鬼だ。それよりも、どうしても聞きたいことがあるんだが、よろしいだろうか?」 「止せよ。そんな他人行儀な話し方――まあ、確かに、てめえとは出会ったばかりで素性もよく知らねえわけなんだが……どうしてか、てめえとは他の罪人と違って他人行儀にしちゃいけねえ気がすんだよなぁ。おれの勘が、そう言ってる。まあ、それはそれとしてだ――聞きたいことってのは何だ?」 少し迷ったものの、自分の名を名乗った後に煌鬼は木舟で出会った男の名を口にしてから、心を捕らえて止まない疑問を彼へと投げかける。 「甲ヶ耳一族とやらが代々より受け継いでいるであろう土着信仰――。果たして、それはいったいどのようなものなんだろうか?そもそも、俺や拐われた允琥は甲ヶ耳一族とやらのことを詳しく知らない。彼らが、この逆ノ口鉱山において……どのような存在なのか教えてほしいのだ」 「甲ヶ耳一族、更に早乙目一族は代々《娃拉子天狗》を信仰している。特に甲ヶ耳一族は重大な儀式を執り行うために存在する重要な一族といっても過言じゃねえ。おれからしてみりゃ反吐が出るような儀式だがな、それをすることによって甲ヶ耳一族――いや早乙目一族もろとも、この陰気で辺鄙なこの一帯で暮らしていけてんのさ。偉大なる娃拉子天狗の御加護とやらによってな____」 紅緒と名乗った男が、忌々しそうに言い放つと道に落ちてた小枝を使って、何も分からない煌鬼にも理解しやすいように土に文字や家系図を書きながら【娃拉子天狗とは何か?】【甲ヶ耳一族と早乙目一族のそれぞれの役目とは?】更に詳しい説明を続ける。 紅緒の説明によると、甲ヶ耳一族は【娃拉子天狗】を信仰する一族であり、早乙目一族は娃拉子天狗は勿論のこと、それと共に娃拉子天狗に従事する【碼塢致天狗】を信仰する一族とのことだ。 【娃拉子天狗】は水の災害から村人を守り続けてくれるという言い伝えが古来よりあり、【碼塢致天狗】は、そのような特別な言い伝えはないものの古くから幸運をもたらすと人々から信じられているという。 【娃拉子天狗】の信仰心は甲ヶ耳一族の長が伴侶――つまりは《主頭女》を娶り子を成すことで更に深まり、甲ヶ耳一族と早乙目一族を含む他の人々に幸福をもたらすとされており、代々長となった者は早めの内に《主頭女》を決め、その役目を果たすことが甲ヶ耳一族としては必須なことなのだとか____。 もしも、その役目を果たせぬ長がいれば自らもろとも甲ヶ耳一族全体にまで【娃拉子天狗の呪い】が降り注ぎ死ぬまで――いや、命を失っても尚苦しめられ続けると幼い頃から目上の者に言われ続け成長してゆくのが甲ヶ耳一族の跡取り息子の宿命だと紅緒から教えられる。 (何という……息苦しい人生か____) その話を聞き、甲ヶ耳の長となったからには生まれてから命を失うその時までずっと【甲ヶ耳一族の役目】という呪いといっても過言ではない責任を果たさなくてはならない。 そのような重苦しい宿命を背負わされた《巽》という男に対して多少なりとも同情を抱く煌鬼だったが、だからといって彼に対する怒りが消え去った訳ではない。 (早く……甲ヶ耳一族がいるという頭頂部にまで行かなくては____) ____と、煌鬼が改めて固い決意を抱き、遥か遠くに微かに見える霧がかった頭頂部の方を睨み付けるように見上げた直後のことだ。 「な………っ____!?」 煌鬼の両肩が、突如として真上から何者かによって強い力で掴まれ、あろうことかそのまま体が浮いてしまうのが分かった。 その何者かは目を丸くし、既に胡麻粒程の大きさとなった罪人達を恐る恐る見下ろす煌鬼などお構い無しといわんばかりに、優雅に空中を移動している。 真下からゆっくりと真上へ目線を上げた頃鬼は、その正体をようやく理解する。 今までに出会ったことはおろか、目にしたことすらない途撤もなく巨大な鳥(種類は未だ分からない)だ。 一瞬、飛び降りてしまおうかとも考えた。 しかしながら、既に高度は凄まじく上昇しており、どう考えてみても脚を折るだけで逃げきれるとは、とてもじゃないが済ませられない危機的状況なのだ。 いったいこのまま何処へ向かうというのか――と不安を抱くものの、為す術なく巨大な鳥の動きに身を委ねるしかないのだった。 ______ ______

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