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第115話
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情けないことに、幼い頃から高所が苦手で村の小高い山の上に立っても、がくがくと足を震わせ周りの大人達からからかわれて育った煌鬼は空中にいる間、途徹もない恐怖心に襲われずっと固く目を閉じていた。
「い……っ____!?」
しかしながら、突如として体の至るところに痛みが走ったため、恐る恐るゆっくりと目を開ける。
一番最初に目に飛び込んできたのは、しゃがみながら此方を一心に見つめ続け口元を愉快げに歪ませる少年の姿____。
最初は戸惑っていてばかりで今の状況が理解できずに頭の中に靄がかかっているように錯覚していた煌鬼。
だが、それから少しして自分が土の上で横たわっていることに気付く。
だが、周りを見渡してみても今いる場所が何処なのかは皆目見当がつかない。
「いったい、ここは何処なんだ?それに、貴方は何故俺をこんな訳も分からない場所に連れてきた!?それも、あんな卑怯な方法を使ってまで____」
「そんなの、わざわざ言う必要なんてないさ。だって、おまえはこれから存在自体がなくなるんだからね。道端に生えてる雑草に、大した存在理由なんてないのと同じこと。ぼくは認めない――認めるもんか……っ____!!」
奇妙なことに名前すら知らないその少年は、最初は愉快げだったにも関わらず、突如として無表情になり、なおかつ訳の分からないことを繰り返し呟き始める。
認めないと繰り返し言われたところで煌鬼にはその理由が思い浮かばないし、ましてや会ったばかりの見ず知らずの少年から理不尽に敵意を向けられても心当たりすらないため、どうしてよいのか全く分からない。
しかしながら、こんな状況だというのに、瞼を閉じれば思い出すのは懐かしい王宮に住まう者達の顔ばかり____。
あの日、正気を失ってしまった守戒が何故に慧蠡に危害を加え、訳の分からぬことを言い放ったのか疑問だらけだったのだが、何故か突如としてその理由が分かった気がしたのだ。
今、禍々しさに囚われている王宮に身を置いている朱戒――いや、それだけではなく、もしかしたら医官や警護人を含む守子や他の付き人達、果ては王族までもが【赤守子の希閃の命を奪おうとしたのは慧蠡だった】と誤解しているのではないか、と____。
だが、今のところはこっそりと手紙にてやり取りをしている無子からは慧蠡の命が尽きたという報せは届いてはいない。おそらく、悪くても牢屋に閉じ込められるといった処遇をされているのだろう。
ここからが重要なのだが、今一番考えなければならないのは、あれだけ星の数ほどいる守子達の中で何故よりにもよって【慧蠡】だけが疑われたのかという点だ。
(黒い奇っ怪な石だ…………あの時、俺が吐き出したあの石――あれに慧蠡は異様なほど心酔していた……もしや、慧蠡があのように王宮の皆をおかしくしたのか____あれのせいで……皆から疑われて……っ……)
____と、そこまで考えたところで煌鬼の頭の中から王宮にいる朱戒のことや慧蠡のことが瞬時にして消え去ってしまう。
「……っ____」
身を屈めながら此方の惨めな様子を満足げに眺めていたはずの少年が、突如として手を伸ばして背中にひとつに結んでいる煌鬼の髪を乱暴に引っ張り上げ半ば強引に立たせようと3せいだ。
あまりの痛みに、半開きとなった煌鬼の口からは力のない呻き声が漏れでてしまう。
「……っ…………な……い………允____琥……っ……」
呻き声の他に出てくるのは、心の奥底から愛する朱戒の名前でもなく、黒い奇っ怪な石に異様なまでに魅入られた異母兄の名前でもない。
今は亡き同じ公務人であった歌栖から守るように託されたが約束を果たせていない――己が初めて希閃以外で【親友】と認めた者の名前だ。
少年の手に握られた小刀の先端が目の前に迫ってくる恐怖よりも、允琥を守りきれず、しかも王宮に残してきた最愛の相手や異母兄である慧蠡までも守りきれなかったことに絶望したが故に煌鬼の目から大粒の涙が溢れ出てくる。
現実を受け止めきれず、遂に両目を固く閉じ覚悟を決めるしか術のない煌鬼だったが、いつまでも経っても激しい痛みに襲われないことに疑問を抱き、恐る恐るゆっくりと目を開けるのだった。
煌鬼の前に、男が一人立っている。
本来であれば、自分の顔に突き刺さっていたはずの小刀の刃先が突如として現れた男の右手を朱で濡らしている。
突如として起こった予想外の出来事に煌鬼はひたすら呆気にとられ途徹もない驚きから声を発することすらできない。
しかしながら、確実に言えるのは男の手で阻止されていなければ、煌鬼の顔は傷物になってしまっていたいうことだ。
「あ…………ありが____」
ようやく礼を言いかけたが、それを終える前に凄まじい怒りに見舞われた少年が口を開く。
「な……っ……何故に、このような者を庇うのですか?答えてくださいませ、巽様……っ……!!」
物凄い剣幕で、少年は男の方へと駆け寄り問いかける。ぼろぼろと止めどなく溢れる大粒の涙が、彼の白い頬を濡らすのが見えた。
だが、男は少年の問いかけには答えず蛇のように鋭い瞳で睨み付けたかと思うと、おもむろに彼の首根っこを掴み上げ、苦痛で顔を歪めるのを気にかけることもせず、そのまま少年を自分の側から引きはがす。
「ぐっ______ううっ……」
地面へと叩きつけられ、横向きに倒れてしまう少年____。
しかしながら、男は無表情のまま今度は頭を踏みつけ、何度も彼の頭を引き上げては地に叩きつけるのだった。
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