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第116話

「や……っ……止めてくれ____それ以上は幾ら何でもやり過ぎだ……っ……!!」 余りにも突然なことに、煌鬼は呆気にとらわれてしまい中々男の少年に対する惨い仕打ちを否定することは出来なかった。 しかしながら、それでも彼の顔を地に打ち付けるだけでなく挙げ句の果てには足で頭を踏み付け始めたため遂に黙っていることが憚られてしまい震える声で冷徹な男を制止しようと試みる。 「何という、甘い言葉か____。良いか……此奴は貴様を自らの愚かで醜き感情を抱いただけでなく、無きものにしようとしたのだぞ?やらなければ、やられる――そういう世界で生きていない者には分かるまいか。所詮は単なる罪人どものうちの一人に過ぎぬ。全くもって下らぬ。此方の目が狂うていたとしか言い様がない。何という不甲斐なきことか――よい、帰るぞ……雅____共に来るがいい」 「あ……っ……有り難き幸せでございます、巽様。この雅は、これからも共に着いていきます……そして今度こそ主頭女に相応しい者になってみせます」 雅という少年の口から、振り返って此処から去ろうとしている男の名を聞いた後に血の気が引いてゆく感覚に陥ってしまう。 【巽】とは、甲ヶ耳一族頭主の名前____。 それすなわち、允琥を拐った正に張本人ということになると今更ながらに気がついたからだ。そして、今まで抱いたことのない凄まじい怒りの念が瞬時にして煌鬼の全身を駆け巡る。 はっと我にかえった時には、地に落ちていた石を拾い上げ、背中を向けた巽の頭めがけて、それを振り下ろそうと構えていたところだった。 しかし、先程とは違うただならぬ気配に気がつき寸でのところで振り向いた後で容赦なく彼が煌鬼の頬を打ったがゆえに、その行動は阻止されてしまった。 だが、阻止されたからといって煌鬼の怒りの炎は消えたりはしない。 「い……っ……允琥を____允琥をどこに拐ったのだ!?拐った目的は、お主らが信仰してる古の信仰――主頭女にするためなのか……っ____答えよ、甲ヶ耳一族頭主!!」 巽によって両腕を素早く纏められ、強い力で一方的に自由を奪われ馬乗りにされてしまう煌鬼。 しかも、叩かれたせいで赤くなった頬を撫でられた後で顎をすくわれ、強制的に眼前にいる巽と互いに目が合う状況にされてしまう。 目を逸らそうとしても、無理やり顎を掴まれて彼の方へ向けられてしまうため、簡単には逃れられはしない。 「やはり、目が狂うてなどいなかった。貴様こそ、甲ヶ耳当主《主頭女》に相応しい。それにしても、あの允琥とかいう罪人に対してだけ、やけに執着しているようだが……よもや、恋慕している訳ではあるまいな?」 「それは、誤解だ。允琥には……俺以外に一途に恋慕している者がいる」 そう反論した途端に、巽の口元が歪む。 蛇のように、じとりとした嫌な雰囲気を漂わせる彼の鋭い視線から逃れようと心の底では思ってはいるものの、また逃げなくてはならないことも理解しきってはいるものの、どうしても真っ直ぐに注がれるそれから目を離すことができない。 「ほう、それは――か。つまり、貴様には他に恋慕している者がいるとでも…………?まさか、この逆ノ口に連れて来られた罪人どもの中にはいるまいな?その可能性は限りなく低い――何せ、他の罪人どもと貴様は出会ったばかりだ……となると____」 「____この逆ノ口に来る前に恋慕している者と別れている可能性が限りなく高いことになる。つまりは、貴様が公務している月桜の王宮内で、だ……。更に、あの允琥という者も王宮の出身だと踏んでいるが……どうなのだ?」 見る見る内に、真っ青になっていく煌鬼。 当然のことながら、この逆ノ口鉱山に来てからというもの自分と允琥が王宮から来たなどという身の上話は罪人達や環視守達にも述べてはいないからだ。 (な……っ____何故に、この男はそれを知っている……しかし、そうなると確実に厄介なことになる……あの紅緒という男も教えてくれていたではないか……っ……) そこで、ある考えが頭に思い浮かんでくる。 それは、罪人達の中に此方が【王宮出身者であり尚且つ訳ありでこの逆ノ口鉱山に罪人として意図的に来ている】ということを知っている者がいるということ____。 (よもや…………あの時、罪人のうちの一人が俺の体をまさぐっていたのは……っ____しまった、あの時……すっかり忘れていたが王宮出身者である何かしらの証拠を懐に入れていたのだ……くそっ……完全にしくじった____) 後悔してもしきれないが、もはや今更にそれを悔いたところで時既に遅し、だ。 この逆ノ口鉱山に集められた罪人達は、全員が全員とは一概にはいえないが、ほとんどの者が親兄弟(姉妹)を王宮に仕える赤守子や黒守子によって差別を受けていたり、無惨にも無実の罪で処刑されて命を奪われていたりしていたそうだ。 命まで脅かされることはなくとも、守子達の気紛れによって仕事を奪われていたりされているせいで【王宮にいる者】に対して憎悪を抱いていると紅緒はこっそりと教えてくれていた。 しかし、そうなると――たとえ允琥を五体満足で救い出した上で二人で無事にこの【甲ヶ耳一族が牛耳る頭頂部】から脱出して今まで行動を共にしてきた罪人達と再会を果たしたとしても、奴らからどのような仕打ちを受けるのか分からない。 つまり、今すぐにこの【甲ヶ耳一族が牛耳る頭頂部】から逃げてしまうのは得策とはいえない。 だからこそ、煌鬼は心にもないことを目の前にいる巽へ言うことを決意したのだ。 「甲ヶ耳頭主よ…………主頭女になるには、如何すればよい?」 (まったく、虫酸が走る____そうだ、この男が此方へ向けてくる蛇のように鋭い視線が……余計に、そう思わせるのだ) いけ好かない男への反抗心は、必死で心の内に隠して____。 ______ ______

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