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第118話

____ ____ そうして、甲ヶ耳頭主【巽】が支配する屋敷にて過ごしていく内に、幾つか分かったことがある。 どうやら、代々甲ヶ耳頭主の伴侶となる《主頭女》と呼ばれる者の中には、少数とはいえ、頭主本人から課された条件を見事に達成し、この息が詰まりそうな【甲ヶ耳家の習わし】から解放された者もいるらしいのだ。 それは使用人の老婆から話を聞くうちに知ったことだったが、煌鬼はこのまま【主頭女】として甲ヶ耳一族の住まう屋敷に縛られ続けている訳にはいかない事情があるので、早速行動に移すことにした。 (あの老婆の話では……これをやることによって、運が良ければ頭主から、外の世界へ行くための課題を出されるということだが____) それは、至極単純なことだ。 満月の夜――宵寝の時に、頭主よりも先に支度を済ませておき、そして頭主を押し倒し、更にこう言うというのだ。 「今宵の月におわす兎は何匹か…………?」 そして、頭主が奇数で答えれば見事課題を出されるべく条件を達成し、偶数の場合は残念ながら課題を出されるという話などなかったことにされてしまう。 老婆は、同時に忠告もしてくれた。 『そうさなぁ、こればかりは代々頭主の性格や考え方が影響するんでの、実のところ何とも言いきれん。しかしな、大半の場合はここに閉じ込められたままになってしまう。わっちの親友も、そうだったんさ……。結局は、故郷に帰れず無念のまま、ここで最後の時を迎えたんじゃ。あの頃は、あの子に随分と酷いことを言うてしまった。後悔せぬように気をつけないかんのさ……お前さんもな____』 老婆は苦痛こそあらわにしなかったものの、声を震わせながら、自らの辛い過去についても、教えてくれたのだ。 老婆は、ここに来たばかりの頃は、今の允琥と同じような立場だったとこっそりと教えてくれた。 いわば《主頭女》が、容易に逃げ出せないようにするための人質の立場だったと。 違う点をあげるとすれば、彼女達は無理やりこの甲ヶ耳一族が支配する【逆ノ口鉱山】へ連れて来られたということだが、いずれにせよ允琥の立場が危ういことに変わりはない。 「允琥が……いずれ蛙拉子天狗の生け贄になること。それは、変わらない……そして____」 (そうならないようにする術は今、俺の手の内にある……王宮にいた頃だって、心を潰して生きてきたじゃないか____何を、今更悩む必要があるっていうんだ……) 秋になりかけたが故に吹いてくる夜風は爽やかだ。 半分開け放たれたままの窓の隙間から秋風の香りの余韻に浸りながらも、その心は葛藤に支配されてしまう。 そして、煌鬼は鈴虫の合唱を耳にしながら目を瞑り、片手に持っていた四つ折りにされた白い紙袋をくしゃりと軽く握りしめて心の中で呟くのだった。 (今宵の月は、三日月か…………) ____ ____

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